読書感想文 『泣く理由、微笑みの訳』 多部良 蘭沙(著)
映画館に泣きおばさんが現れた。コメディ映画なのに泣きじゃくる。そういうことが何回も続き、副支配人の瀬能彩夏は他のお客さんの迷惑にならないかと心配をし始める。
ところかまわず泣きじゃくるおばさんが登場するというキャッチ―な冒頭で一気に引き込まれました。舞台はショッピングモールにあるシネマコンプレックス。若くしてシネコンの副支配人になった彩香が主人公です。彩香は映画が好きで、その勢いで映画業界に飛び込んだものの、希望の映画制作ではない映画館の支配人という自らの業種にいいしれぬ焦りを感じていて、その悶々とした気持ちが泣きおばさんとの出会いで変わっていく、というのが大きな流れです。
若さには価値がある、わたしもそう思っていました。年齢を重ねた今はとくに。でもそれはいわゆる無意識バイアスなんですね。例えば、若いからフレッシュな意見を言える(言わなくてはならない)、歳を取っていれば頭が固くてイノベーティブな考えができない(してはいけない)、というようなイメージをみなさんも持っているんじゃないかと思います。年齢だけでなく、性別、人種、職種、学歴などあらゆる属性に結び付けられたイメージが無意識のうちにバイアスとなって人々の行動を自らしばっている、というのがこの無意識バイアスの正体です。このバイアスは無意識に潜んでいるため、その存在にほとんどみんな気付くことなく、その結果社会全体にはびこっています。わたしはこの無意識バイアスをそれほど悪いものとは思っていなくて、社会生活を円滑に進めるために蓄積してきた人類の知恵・経験だと思っています。ただときには、それぞれの人の個性を見ようよと感じることもありますよね。老人になってもチャレンジしていいんだよねと、そう自分で自分を鼓舞(笑)するというのが、無意識バイアスを少し見つめ直しているということなんでしょう。
バイアスを少し外してみると人生の見方が大きく変わっていく、ということがこの本のテーマなんだろうなあと思いながら一気に読みました。
泣きおばさんの謎で物語を引っ張りながら、身近に感じられる登場人物に普遍的なテーマを語らせ、読者を知らず知らずのうちに感情移入させて感動に導いていくという丁寧な作りの小説でした。とてもおもしろかったです。
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