読書感想文 『オチケン』 小林 アヲイ(著)

 いけ好かない新入部員のコグレが高座で絶句した。緊張のあまり噺が飛んだか、とハヤシは冷ややかな目で舞台袖から見守っていたが、それにしては寄席の様子がおかしい。囃したり文句を上げたりする声はなく、むしろ満足感が寄席を包んでいた……!


 大学の落語研究会(落研)で繰り広げられる笑いと恋模様とミステリのごった煮的青春短編小説です。ベテラン部員ハヤシ、三年生後半で入部してきた新人コグレ、ハヤシとコグレの間を行ったり来たりする後輩女子部員ホダカの三角関係がストーリーの主軸かと思いきや、後半コグレの沈黙話芸の謎が急激に持ち上がり、急速に収束して終わります。さっぱりしていると言えばその通りなんですが、自分的には好みのストーリラインでした。

 大学落研での活動風景は実に生き生きとしていて、いいなあとしばし追憶にふけりました(笑)。そういう意味で、全体にリアリティ設定はかなりリアル寄りだったのに対し、沈黙話芸の謎解きはファンタジー寄りなので、そのギャップには少し違和感が残りました。

 落語などの話芸も含む芸術の出来栄えとは、その人について回る技能によって決まるもので、他人がおいそれと真似ることはできません。師が弟子に、見て聞いて盗め、と言うのは、当の本人がその技能の本質を語ることが難しいためなんだと思います。この暗黙知を形式知化して一般に広めていくのが技術の役割なのですが、それによって技能の神秘性は失われ、芸術は陳腐化していくのだろうな、みたいなことを考えながら、最後の沈黙話芸の謎解きを読みました。

 軽妙な話し言葉でとても読みやすく、ストーリーに没入できました。おもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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