創作の欲求ステージについて
なんとなく思うところあって、みなさん良くご存じの「マズローの欲求5段階説」について書こうと思います。
人間は必ず欲求を抱えて生きています。欲求がなければ生きていけません。生きていくうえでさまざま欲求がありますが、その欲求をマズローは大きく二つに分けています。欠乏欲求と成長欲求です。欠乏欲求は、「生理的な欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「承認欲求」があり、成長欲求には「自己実現の欲求」があります。これらを合わせて5つの欲求といいます。
これらの5つの欲求には段階があり、まず「生理的な欲求」すなわち生存に係わる(食欲、睡眠などの)欲求が満足されたのちに初めて次の「安全の欲求」が発生すると説明されます。そして「安全の欲求」→「所属と愛の欲求」→「承認欲求」→「自己実現の欲求」となるそうです。
前振りが長くなりました。今回、なぜこんなことを書いているのかというと、創作ってどの欲求なんだろうとふと思ったからです。わたし自身は「自己実現の欲求」ではないかと自己分析していますが、そうではない人たちも大勢いると思います。創作することで有名になりたいというのは「承認欲求」でしょうし、仲間が欲しい居場所が欲しいなら「所属と愛の欲求」でしょう。もっと切実に、売れないと食べていけないなら「安全の欲求」になるのかもしれません。根源的な、創作は寝食と一緒という人は「生理的な欲求」なのかもしれません。もちろんこのようにきれいに分類されることはなく、それぞれが混ざった欲求の中で、みなさんは創作されているのだと思います。
次に思ったのは、創作に対する感じ方です。わたしは、創作はおもしろいと思っていますが、つらい、という人もいます。呼吸をするように創作する人もいるでしょう。これも創作するという欲求の段階によって違ってくるのではないかと考えています。
それから創作している人の立場にもよるかもしれませんね。わたしは既婚者で仕事もあります。創作は完全に趣味です。創作以外で欠乏欲求は満たされているわけです。一方で創作を仕事にされている人は、欠乏欲求を創作で満たさなければなりません。欠乏欲求は不足すると精神的に不幸せになると言われていますが、成長欲求は満たされないからといって不幸せにはなりませんから、創作を生業にしている人は自ずから、わたしなどよりも創作に対する姿勢が厳しくなりますよね。
長々と書きましたが、わたしが思ったのは、創作に対する欲求のステージが人それぞれ違うということをきちんと理解しようと肝に銘じたということです。twitterなどでは自分と違う意見を言われる人が(創作に限らず)数多くいますが、その背景にはこういったことがあるんだなとわかっておけば納得できずとも理解はできるだろうと、そう思って、忘れないうちに書きました。
蛇足
「自己実現の欲求」の上にはさらに「至高体験」があります。この体験をした人は超越意識を感じるそうです。マズローは「至高体験」は自分から体験することはできず、向こうから勝手にやってくるものだと述べています。しかしわたしは――拙著『思想物理学概論』にも書きましたが――明晰夢を見ることと「至高体験」は同じではないかと考えています。明晰夢を見ることで自ら積極的に「至高体験」できるのです。
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