読書感想文 『ハレとケ』 奥田庵(著)

 僕はひょんなことから今を時めくデザイナー斎加旬太郎のアシスタントに採用された。その後、僕の周りで「何となく」腑に落ちないことが続くようになる。


 田舎を出て東京のデザイン学校に通う「僕」が、デザイナー斎加旬太郎のアシスタントを通して成長していく青春小説です。

 斎加旬太郎は、デザインの才能というより嫌味なく人のこころに入り込む振舞いで一躍時代の寵児となったデザイナーという設定です。テレビや雑誌に引っ張りだこのタレントを身近に見たらやっぱりキラキラ輝いて見える、というあのタイプです(笑)。「僕」は、その斎加旬太郎や、幼馴染の美沙、デザイン学校クラスメイト牧場小石、謎の少女舞子などとの関係性の中で、悩み行動し成長していきます。

 内包するテーマが多く全部理解できたか怪しいのですが……まとめると才能と物事の本質について語った小説ではないかと思いました。作者は「僕」に気付かせるために、あえて現実離れしたイニシエーションを科し、生死を虚実に置き換えて考えさせます。そして作中人物同士の対話を通じて、登場人物たちのものの見方も転換させていきます。

 作中で例として挙げていますが、ある作品をデザイナー斎加旬太郎が発表した場合には大いに評価されるのに対し、同じ作品を素人の「僕」が発表した場合には評価されない、という理不尽。斎加はそれを「呪い」と言いました。世に溢れる創作物は、それ自体の本質が変わらないにも関わらず、広く認知されるものがあったり、誰にも見向きもされないものがあったりします。いわゆるブランディングの巧拙による差。それも才能に含まれるということかもしれませんが、「僕」は虚よりも実(本質)を大事にしようと決断するわけです。その決意に自分も大いに頷く一方で、それは弱さかもしれないという「僕」の自覚に、創作を趣味にしているわたしのような読者にはグサリと刺さったりもしました(笑)。

 リアル寄りのストーリーでありながら、非現実な斎加旬太郎の行動(笑)やファンタジー一歩手前の出来事を丁寧に織り込むことで、難しいテーマをラストまでダレることなく引っ張っていってくれます、登場人物の誰も荒ぶることなく、刺々していないのも良い読後感につながっています。時間・空間がはっきりしない不思議な感覚に、曖昧な心地良さを感じながら読みました。おもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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