書評 『本は死なない』ジェイソン・マーコスキー著

 著者はkindle開発の現場責任者だったそうで、電子書籍開発の裏側を語っています。一方で、紙の本への憧憬も隠すことはありません。「私の理想の読書環境は、ヤシの木に囲まれたビーチ・リゾートかもしれない。アメリカのビーチ・リゾートには、中古のペーパーバックを積み重ねて販売している露店がある。何人もの読者の手を渡り歩き、潮風と日光を浴び続けて傷んだページには折り目がついている。そんな中古の本が、ヤドカリやハチの住処になっているような露店で夜に売られていることが多い」そうです。著者は本当に本が好きなんだなと思います。

 著者は、本の最も大事な役割は「教育」だと言っています。そして、教育を受ける「子供が読む本は、想像力を刺激する魅力的なキャンバスであるべきだ。クレヨンで色を塗ることができなければいけない」とし、今の電子書籍ではそこまでの読書体験を与えられないと率直に述べます。人間が人間である必要条件である「想像力」を鍛えるには本を読むことが必要であり、それはゲームや映像メディアでは得られない体験であると著者はいいます。「読書はいまこそ、人間の想像力を駆り立てる本来の姿に立ち返るべきだ」という言葉に、自分自身の背中を押してもらったような気がしました。

 おもしろかったのは、著者はAmazon出身なのにAmazonのシステムに批判的なことです。「アマゾンのような出版と販売を兼務する販売店は、良著であろうとペット自慢であろうと区別なく出版する」 そして、「真に面白い本は、往々にして誰の目にも止まらないような場所に隠れているものだ。そんな本はアマゾンで買い物をしていてもおすすめ欄に表示されることはない」 そういった「隠れた名著が見つかる機会は確実に減っている。小さな本屋さんでは、本を愛する常連客や店主と会話を交わす」ことで自分にとって素晴らしい本を見つけることができるのだが……と言っています。つまり今のAmazonやその他のサイトは画一的な売れ線しかおすすめできていないと嘆いているのです。これを改善するには、一人一人のカスタマーが求めるおもしろさが何かを本の内容にまで踏み込んでコンピュータ自身が理解する必要があります。著者は難しい技術と言っていますが、わたしはこの究極のコンシェルジュ機能人工知能によって早晩実現するのではないかと思っています。一方で、ふらっと立ち寄った本屋でたまたま手に取った本が人生を変えたというような偶然の出会いにも憧れます。これは電子書籍で実現できるのかどうか……今後の技術開発に期待したいですね。

 結局のところ、電子書籍の世界では、本を商品として捉える販売店(Amazon)と、本を文化として捉える出版社(作家)との乖離がまだまだ大きいということなのでしょう。商品を重視すると売れ線だけが生き残って本の文化は焼け野原になるでしょうし、文化を重視すると売れないものばかりで読書文化が衰退していく。本以外のエンターテインメントが増えて読書人口が減る中で、そもそも本の将来はじり貧なのです。ですがわたしは、読書にはゲームや映画などを超える自己変革力があると信じています。そしてそういった本を書きたいと思っています。

 本の形態が紙であろうが電子書籍であろうが「一つだけ確かなのは、最も重要なのがコンテンツそのものであることに変わりはない」、ということです。この言葉を肝に銘じて執筆していこうと思います。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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