読書感想文 『果実ホモハビリス』 三千世界(著)

 実家暮らしの女子大生ひなたは、河川敷で直立するサルを目撃した。父親もサルの夢をみて、ひなたを独り立ちさせようと決意。そんな経緯でひなたは、強制的に独り暮らしすることになってしまった。そこから彼女の悩み多き生活が始まる。


 現代女子大生の生活(ひなた編)と、原始時代の猿人の生活(ハビリス編)が並行して進む青春?小説です。ひなた編は、女子大生ひなたが、精神的に依存していた両親から独り立ちしていくというストーリーです。友人などの人間関係に悩みながらも、自分を見つめ直して成長していく、という王道展開です。このひなた編だけなら普通の青春小説なのですが、ひなた編の場面転換ごとに、サル(猿人)が知恵を得ていくという全く関係のないストーリーのハビリス編が挟み込まれます。終盤までこのふたつのストーリーは平行線を辿り、ようやく交わるのは終盤になってからですので、それまでは期待しながら読みましょう。最終的な物語の畳み方は、賛否あるかもしれません(笑)。

 ハビリス編では、サルが黄金の実を食べて自己を認識できるようになったり、洞窟でサル語を解すヘビが出てきたりと、『創世記』の失楽園の話を彷彿とさせるシーンが多く、作者も意識して書いているのだろうなと感じました。わたし自身はさらに、『2001年宇宙の旅』のモノリス登場のシーンも頭に浮かびました。猿人が進化する過程のなかで、近い種族同士で殺し合いをして、勝ち抜いてきた類人猿が今の人間なのだと思います。その結果、人間に近い類人猿は駆逐されてしまい、現代には人間しかいないんでしょうね。人間は同族同士でも殺し合いをしますから、血の気が多い種族なのも進化の必然なのかな、と思いながらハビリス編を読んでました。

 さて、本作を読んで、小説技法として2点、参考になったことがあります。一点目は、ハビリス編の一人称視点です。これは難しいですね。作者も苦労したと思います。なぜなら、サルの視点で書く必要があるからです。例えば、松明の火を見たことのないサルに、松明の説明をさせなければならないわけです。本作では、知恵が付いたあとから当時を思い出す、という方法でサルの一人称を成立させています。とはいえ、ストーリーの都合上、この方法でも若干違和感が残るので、苦労しただろうなと思いました。二点目は、巧みな情景の比喩表現です。例えば、「それはあまりよろしくない兆候だった。『そのくらい我慢しなさい』は微小振動の増加に等しく、噴火へとつながる可能性のある重要なサインだ。わたしの中の地震予知連絡会が、警戒レベルを一段階引き上げる」のような心情表現が豊富にあって、ストーリーに彩を加えています。わたしも「カミヅリ」(宣伝……)という長編で、本作と似たイメージ喚起を狙った表現手法に挑戦したこともあって、作者の表現力の多彩さに感心しました。

Amazonリンクがエラーになってしまいましたので、表紙画像をダウンロードさせていただきリンクを貼りました。

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