読書感想文 『まほろばの守護者』 口冊司(著)
時の将軍、足利義満に謁見したのは、詩才があると噂の安国寺の若い僧 周建。実は周建には、当時の天皇の落胤との噂もあった。義満は、支配を目論む朝廷への影響を見極めるために周建を呼んだのである。もし噂通りの聡明な男なら殺してしまおうと、義満は考えていた。
この場面で周建は、屏風に描かれた虎に恐れをなし、義満の前で小便を漏らしてしまいます。勘の良い読者なら、ここである人物の名シーンが思い浮かぶのではないでしょうか。はい、そうです。一休とんち話の屛風の虎退治の場面ですね。周建は、のちに一休となる僧なのでした。本作は、このような有名な逸話を織り交ぜながら、一休禅師の人生をなぞっていく歴史小説です。
一休の生きた中世は、飢饉や悪疫が流行し、京に乞食数万人、全国に無数の餓死者を出し、人身売買も日常化していたという、一休自身が「この世こそ地獄である」と言ったほどのひどい時代でした。そんな世の中でも一休は、傾城に通い、男色を行い、妻を持ち子を成し、酒を飲むという破戒を続けました。良いように言えば、風狂の達人だったということですが、世の中がひどい状況で、市井の一僧侶がそんな行いをしていたら、世間の人はどう思うでしょうか? きっと石を投げたと思いますし、お布施もしなかったと思います。でも一休は生涯そんな生活ができました。それはきっと、強大な後ろ盾があったから、ということなのでしょう。Wikipediaにもありますが、天皇のご落胤という説も信ぴょう性がありますよね。本作も、この説を基に物語が始まります。
さて本作が、一休禅師の伝記ではなく、歴史小説であるのは、史実を軸にしながらも、そこに想像を多く織り込んでいるからです。一休が裏の顔を持っていたとするなら、それはどんな表情をしているのか、なぜそんな表情をするのか、ということに想像を膨らませ、彼の周りで跋扈する人々との関係を再構築して一本のストーリーに仕立てています。作者の深い知識と豊かな想像力に感心しました。少し残念なのは、中編なこと。一休の一生をなぞるだけでも長編になるところに、これだけの裏面を織り込んだことで、かなり駆け足な展開になってしまったように思います。長編でもっとじっくり読みたいと思いました。おもしろかったです。
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