読書感想文 『ブルーライト横濱ハイツ』 島吹 丈(著)

 大学生のころ、先輩に誘われて一年だけ、寮のようなアパートで暮らしたことがあった。アパートの名前は、ブルーライト横濱ハイツ。そこは、汚くて、変な人が多くて、プライバシーもなく、そして若者の夢が充満していたアパートだった。


 主人公の鬼塚は定年間際のおじさんで、仕事中にふと、大学時代のことを思い出し、その記憶をたどっていくというストーリーの青春小説です。このハイツに住むのは、役者志望の小デブ、小説家を目指す薄毛、漫画家のヒョロガリ、映画監督になりたいジョン・レノン(似)、そして主人公は画家志望と、一癖も二癖もある若者たちです。彼らとの共同生活が主人公のその後の人生に影響を与えていくのですが、それをきれいさっぱり忘れている、というのが冒頭の入り。その状況こそ、中年の我々の現状を鋭く切り取っていると感じました。わたしは定年までまだ時間がありますが、すっかり忘れていた若いころを、最近なぜだか思い出すことが多くなってきました。この作品を読んで、そうそう同じ同じ、みんな同じなんだと共感しました。

 若いって、無敵ですよね。体力も思考も。そして濃密。大げさでなく、若いときの一日は、中年になってからの一週間にも匹敵していたと思います。それに無駄がない。勉強はもちろん、遊びに興じていた日も、ただバイトしていただけの日でも、何もせず昼寝をしていただけの日ですらも、今となっては意味があった気がします。本作で、そんな昔の若さと今の老いを同時に感じることができました。

 さて本作でのもうひとつのポイントは、創作への向き合い方です。登場人物はみな、自己表現で身を立てようと頑張っています。それでも成功できるのは、ほんの一握りのひとだけ。それは作中でも言及があり、黄泉の国を見てきたようなヤツが成功できる、とのこと。実際そうなんだろうなあと思います。あとは運。一方、なまじ中途半端にできる人は、自分は成功できると勘違いして人生を棒に振る、わけですが、逆にそれも良い人生なのかもしれない、とも思います。夢を見ているときが一番楽しいと言いますからね。他方、ほとんどの人は夢破れて普通の生活に甘んじるのですが、結果として、その普通の生活によって人生は満たされるわけなので、最終的にどの人生も成功なんでしょう。本作を読んで、また小説に向き合い始めた10年前のわたしの意気込みを思い出しました。おもしろかったです。

Amazonリンクがエラーになってしまいましたので、表紙画像をダウンロードさせていただきリンクを貼りました。

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