読書感想文 『すごい面接』 呉 エイジ(著)
髪をテカテカのオールバックにして、しかもオレンジのポロシャツを着た巨漢が突然面接にやって来た。面接は一時間三十分もあとのはずだが……。この男、来る時間もおかしいが、格好も話し方もいろいろおかしい。(『すごい面接』)
表題のお話を含む5篇の短編集。
『すごい面接』は作者が実際に遭遇した変な男の面接を題材にした短編ということです。ここまでオカシイ(可笑しい)と、もしかしたらとんでもない逸材だったのかも、と思えてしまいます(笑)。この男が入社して大活躍するフィクションも読んでみたいなと思いました。
次の『手作りの人形』は、遺品整理屋が依頼人も知らない過去を紐解いていくというお話です。人情話でほろりとさせてくれました。こういう日常系ミステリは安心して楽しめますね。
『ボランティアの案内おじいさん』も作者の実体験を元にしたお話とのこと。わたしも少しボケたお年寄りの相手をしたことがありますが、会話の珍妙さについ笑ってしまいそうになるんですよね。でも相手は大真面目ですから笑ったら失礼ですし。
次の短編は『朝の風景』。わたしも似たような経験をしたことがありました。祖父が死んでから何年かたって、自宅の留守番電話を何気なく再生したら祖父がわたしを呼ぶ声が入っていて、ブワッと涙腺がゆるんだことを思い出しました。ちなみに留守電の録音は消すことができず、今も残っています(笑)。
最後の『愛国心の果てに』は、引きこもり生活七年の青年が立ち直ろうと就職する短編です。固めの地の文やセリフの言い回しがどことなく昭和の雰囲気を感じさせます。ストーリーのポイントは、主人公の青年が引きこもっている間に世の中がすっかり軍国主義に変わっているというところです。たった七年でここまで社会が変わるかなあというのが少し気にはなりましたが……。まさに現在の分断した社会における違和感や怖さをリアルに描いた小説だと思いました。アメリカではトランプ支持を大っぴらに言えない「隠れトランプ支持者」が大勢いると聞きますし、香港では反政府デモすら憚られる雰囲気になっているといいます。平和ボケした日本人が今のアメリカや香港に行くと、主人公の青年のような違和感や恐怖を感じるのかもしれません。ただ日本も戦時中は言論が自由でない社会だったわけで、いつまたかつてのようになってしまうか……そうならないように他者を尊重する姿勢をみんなが持てるようになりたいですね。一方で、有事のときには国を団結させるために主義主張を一つにまとめることも必要なのかな、とも思いました。明日に迫った大統領選挙でアメリカは果たして一つにまとまるか、結果が楽しみです。
いずれの短編もテーマがはっきりしていて読みやすく、おもしろかったです。
0コメント