読書感想文 『凡庸な物理学徒の悩み』 関澤鉄兵(著)

 中学三年の夏休み明けの授業で、普段あまり目立たない桂木君が数学の問題を華麗に解いてみせた。桂木君がカッコよく見えた僕は彼に話しかけて友だちになった。桂木君は数学が好きというだけではなく数学者になる夢を持っていた。僕は桂木君を追いかけるように数学にのめり込んでいく。


 中学三年生から大学卒業までを数学と物理、ときどきロック、まれに恋で綴る青春グラフィティ的小説です。お話の内容と作者のプロフィール(理工学の博士課程中退)から、もしかしたら私小説なのかもと思いました。作中、主人公の名前は明示されていませんし(見落としているのかも……)。

 この本のテーマは『才能』とわたしは読みました。自分には数学の才能がないと悩みまくる桂木君ですが、彼が才能のある数学者として例に挙げたのはラマヌジャンやガロアなどの天才となんとかは紙一重に属する偉人たちで、それと比べて悲観するのも無理はないなと思いました(笑)。理系、特に数学は、問いに対する答えが一意的に決まるので、解答の正否は残酷なまでに明らかになります。物理も実現象にはばらつきが入りますが、その根底にある理論は数学的に明確です。数学者や物理学者は、答えが明確にあるのにまだ見つかっていない未知のフィールドで、いかに早く答えに辿り着けるか戦っているわけです。しかもその答えに至るプロセス――いかに美しく答えを導くか――すら才能の尺度にされる厳しい世界。理系は答えが明確で才能の有無がわかりやすいのですね。そんなフィールドで自分に才能がないということを自覚してしまったら、という不安がこの本の根底にはずっと流れています。わたしも才能のなかった理系人間なので読んでいて主人公の気持ちは痛いほどよくわかりました。

 わたしは理系の才能がなかったので文系分野に逃避していまして、今では小説という創作のフィールドに傾倒しています(笑)。創作では答えが無数にあって、逆に自分の才能とは何かを探求し続けなければ答えに辿り着くことができないという、理系とは違う難しさもあるんだなあと今では感じています。

 一方で、才能を開花させるには一万時間の努力が必要という「一万時間の法則」もよく言われますよね。才能のある人はきっと、好きこそものの上手なれで、努力する気がなくても一万時間の学習ができるのでしょう。

 創作分野では才能の有無は誰にもわからない、たった数年やってみただけで才能がないと嘆くなんておこがましい、と自分を叱咤しまだまだがんばりたいと思います。

 おっと、この本の感想を書いてませんでした。数学の才能に悩む純情な男子学生の想いをゆっくり丁寧に書いてあって、最後までのんびりと読むことができました。おもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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