読書感想文 『トロイのゆりかご』 三國繁太郎(著)

 大雨の日、NPO法人『トナカイのソリ』に設置されている赤ちゃんポストのベルが鳴り響いた。職員の小宮山朋樹がポストに駆け付けたが、捨てられたはずの赤ん坊は消えていた。同じころ、近くの雑木林で青年が撲殺された。二つの事件の捜査が進むにつれおぞましい犯罪が掘り起こされていく。


 子捨てというデリケートな問題を軸にした社会派サスペンス長編です。殺人事件の裏には子捨てよりもさらにひどい犯罪があって、それが過去の事件と重なりながらつながっていきます。この本に書かれるひどい犯罪は決して小説の中だけのことではありません。某国の民族迫害でも行われていると言われていますし、別の某国では年間数万人もの児童が誘拐されていて、その目的もこの犯罪のためだとささやかれています。日本ではこんなむごいことがあるとは思いたくはないのですが……。

 これ以上内容の感想を書くとネタバレしそうですので、文章で気づいたことを書いていきます。主人公はNPO法人の若い職員、小宮山朋樹。他にも看護師や赤ん坊を捨てた女、刑事たちが登場します。小宮山の視点だけでなく、多くの登場人物それぞれの目線でも物語が語られるので群像劇といえるかもしれません。群像劇ですので三人称で書かれてはいますが、登場人物は地の文で一人称並みに心情を吐露します。さらに、例えば刑事のパートでは刑事の知らない情報は書かないというように、登場人物ごとに視点が切り替わっていきますので、一人称でも成り立つ書き方になっています。わたし自身は、どちらかというと視点原理主義的なところがありまして(笑)、このように自由自在な書き方はしない(できない)のですが、読者に情報をスムーズに伝えるという点ではこのような書き方もありだなと感じました。

 構成も凝っていて、現在起きている事件に過去の出来事を挟み込みながらストーリーが進んでいきます。ただ自分は終盤まで過去の話が挟まっているとは気づかなかったです。これはうまくだまされたのか、それとも自分の読み込みが足りなかったのか……このような構成にする必要性を残念ながら掴めませんでした。

 この本を読みながら、わたしも登場人物たちとともに、赤ん坊を捨てるという人道に外れる行為に憤り、悲しみ、考えさせられました。おもしろかったです。


 そういえば誘拐された赤ん坊はどうなったのでしょう?

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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