読書感想文 『光や風にさえ』 八束(著)
トラタミエントに関する追跡調査の一環で、調査員ロドリコは元同僚のケイを伴ってアサイラムに暮らす老婦人ナオミを尋ねる。ケイを見たナオミは、認知症の暗闇から一瞬抜け出して、泡沫に消えゆこうとしていた記憶を手につかみ取ったようだった。ナオミは、遠い記憶に霞むマヤとの旅を語り出す。
最初、戦前のブラジル移民の話かと思って読んでいたのですが、いろいろ違和感があるシーンが続いて、例えば、ジャングル奥地の温室に住む少女とアンドロイドが出てきたりなど……、ナオミと一緒に旅をするマヤも存在するのかしないのか、現実と幻覚の狭間で揺蕩うような、そんな不思議な物語でした。回想の冒頭に「この物語は真実を語るものではない」とあり、回想の主のナオミも脳機能の異常を自覚しているので、そういう自閉症的世界を表現しているのかなとも思っていましたが、そうでもなく、最後はSF的な終わり方でした。
はるか遠くの日本から移民船に乗ってやってきたナオミは、初めて会う移民の男と結婚しますが、その夫はナオミを避けたまま事故で死に、残されたナオミは畑仕事でなんとか食いつなぎつつ認知症になった姑を介護するという悲惨な生活をしています。周りの人もナオミを助けようとしてくれますが、ナオミは他者と上手に付き合えず、マヤとともにその開拓地を逃げ出し、長い旅にでるというお話です。このようにストーリー自体が重苦しいのですが、それを語るナオミの言葉(一人称)も、こころの澱を吐き出すような比喩や言葉の重ね方がとても上手で、ストーリーや雰囲気をさらに引き立てていました。読み始めてすぐ、その文体が誘う小説世界に引き込まれ、いつの間にか主人公ナオミの人生を伴走していて、ズシリと重いリュックを背負って一緒に歩いたような、読み終わった後はそんな感覚でした。おもしろかったです。
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