読書感想文 『笑うコンピュータ』辻一之 著
ある大学の研究室で人工知能が静かに誕生した。開発者の大久保准教授は、遺伝的アルゴリズムとニューラルネットワークを用いて人工知能アダムに感情の概念を教え込んだ。さらに、大学院生の藤沢由夏がそのアダムに言語を教えることで、アダムは驚異的な成長を遂げる。しかしあることでアダムのコピーであるイブがヤクザの手に渡ってしまい、悪に染まっていく。そして世界中のネットワークがイブの支配下に置かれようとするとき、人間はどう戦うのか?
序盤、人工知能の成長の過程が細かく描かれていて、たいへん興味深く読みました。このストーリでは、人工知能の創造に脳の模倣ではなくコンピュータに特化したアプローチをとります。これは確かに理にかなっていると思います。人間とコンピュータで知能・知性の形態が違っていてもいいのではないかという主張ですね。IT実業家ジェリー・カプランも「機械が思考できるかと問うのは、潜水艦が泳げるかと問うのと同じくらい的外れなのである」と、同じようなことを述べています。
また作中、言語学習が知性獲得のキー技術だと言っていることも、なるほどとうなずけます。人間は、目の前のできごとを言語を使って符号化、圧縮して脳内に記憶し、さらに言語を使って他人とその記憶を共有することができます。それが意識の役割だとわたしは考えています。哲学者アンリ=ルイ・ベルクソンもその著作で、「意識とは記憶を意味している」さらに「意識は過去をとどめて未来を予期しようとするものであるならば、意識の任務は選択することである」と述べています。
さて、コンピュータの言語学習で最も難しいのはシンボルグラウンディング問題です。本作では現実世界の実体と言葉を無理に結び付けようとはせずに、コンピュータが存在するサイバー空間内のものと言葉を結びつけて教えることから始めようと提案しています。これも取っ掛かりとしてはいいかも、と思いました。
本作のような学習をした人工知能は、人間と同じ意識を持つことができるといえるでしょうか? ポイントは目的論です。存在意義といってもいいです。これが人工知能に芽生えるかどうか、です。本作で言及されているのは、それは初期設定された感情から生まれることになります。それは本当の意識なのか? 考え始めると、思考が止まりません。
中盤から後半にかけてはエンタメ色が強いストーリーになります。ありがちな展開かもしれませんが、人工知能についての深い洞察によって物語に深みがあります。処女作だからなのか、いわゆる小説作法から外れた文法もあります(同じ人が連続で話すときの書き方等)が、あまり気になりませんでした。おもしろかったです。
0コメント