読書感想文 『謝非道: 〜ある一人の日本人からイスラム教徒に敬意を込めて〜』北條カズマレ 著

 911と特攻隊のディベートから始まる青年の人生譚。主人公、吉澤輔はフィリピンの遺骨収集活動中にイスラム過激派による襲撃を受け、成り行きでムスリムになる。しかし彼は真剣にイスラム教に向き合い、そして自らが守るべきものに悩み、葛藤し、成熟していく。

 輔は、世間的に極右と呼ばれる思想の持ち主で、しかも反米です。自分自身が受けたわけでもない戦争での仕打ちに対する報復をこころに秘めている(口にも出している)青年です。本来、国体や宗教,主義などは守るべきものを守る行動に正当性を与える仕組みだと思うのですが、輔のような人たちにはそれ自身が守るべき対象となってしまっているのですね。否定はできません。わたしも高校・大学生くらいのときは同じようなナショナリストでしたので、その心情はわかる気がします。そのときのわたしは家族・地域に守られる対象であって、守るべきものを持っていなかったのです。本書を読んで、だからわたしはナショナリズムという美学に興味を持ったのだと気づかされました。

 中編とは思えない濃さ。毒気を持つ力強い言葉。志のある若者には危険とも思えるほどの死の美学。……これ以上わたしの陳腐な感想でこの作品は語れません。なんというか、わたしはこの作品を評する適切なことばを持っていません。それでも敢えていうなら、忌諱すべき憧憬、とでも言えるでしょうか。

 本が単なる商品ではなく文化的な何かであるとするならば、本作品はその一つであると思いました。少なくともわたしにとっては。

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