読書感想文 『自由で完全な個』 仲川響子(著)
高校生の井上アキラは、クラスメイトとなじめず、よく図書館でひとり、本を読むことが多かった。あるときアキラが本を読んでいると、無遠慮に隣に座ってきた女子高生がいた。それが橋本美菜だった。彼女はアキラに「わたしと同じ匂いがする」と話しかけてきた。それから、彼女とアキラの奇妙な対話が始まった。
女子高生殺害事件の新聞記事から始まる短編。ミステリのような謎を孕みながらストーリーが進んでいきます。ミステリとしてみるとホワイダニットですね。ただ殺人事件の背景にある精神状態が、青少年特有の境界線(バウンダリー)問題で、本作の登場人物は、その問題を表に出して議論を続けることで心理状態がエスカレートしてしまったんだなあと自分的には納得できるラストでした。
思春期では、誰しも人間関係で悩むことがあったと思います。他者とうまく関われないという自己嫌悪感がその代表ですね。その悩みを、そういうもんだ、と納得していくのが大人になるということだと思いますが、その悩みの解決ベクトルを、自己の存在意義だとかの超難問方向に向けてしまうと、結果解決策(というより確認する術)はひとつしかなく、現実にも本作のような結末になるんだろうなと感じました。そういう青少年の心理状態、精神状態の揺れ動きを上手に描き出していたと思います。
ネタバレになりそうですので、ここから下を読むのはお気を付けを。
自分自身を説明するとき、いろいろな所属や思想や命名などで自分を修飾しますよね。その状態を、橋本美菜は「オブザ理論」と説明していて、なかなかおもしろいな言い方だなと思いました。彼女たちは、オブザ理論で塗り固められた殻を全て脱ぎ捨てて、ただのわたしになるにはどうしたらよいか、つまり自己と他者の認知から自由になるにはどうしたらよいかということを真剣に考え、ついに一線を越えます。彼女たちはそれを「解放」と呼びました。純文学的なテーマでありながら、実はそれ以上にミステリになっています。自作『東名高速247キロポスト』と同じような認知トリックなのに、自分は最後まで気付きませんでした(笑)。おもしろかったです。
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