読書感想文 『アンパラレル』 細井 真蔓(著)

 チンピラにボコボコにされた男が、路地裏でひっくり返っていた。その男の前に、どこにでもいそうな平凡な女が立った。女はその男の不幸を買いたいという。不幸と引き換えに、その男が得たものは、パラレルワールドに飛べるスマホアプリだった。


 冒頭この女は悪魔らしき存在として登場しますので、最初はファンタジーかなと思って読んでいましたが、ストーリーが進むにつれSF色が強くなってきて好みの感じでした! どんな突飛なストーリーでも、それがどれだけ破綻していても論理的・科学的に説明しようとする姿勢、それが有るか無いか。有るのがSF、無いのがファンタジーというのがわたし個人的な小説の区別です。

 さて、本作で主人公が手に入れた未来的ガジェットは、今いる世界から少しずれたところへ意識をジャンプさせることができるスマホアプリです。ファンタジーなストーリーですと、このガジェットを使って発生した出来事の結果に主眼をおくのでしょうが、SF寄りの本作は、このガジェットの物理的意味を突き詰めつつ、その過程がストーリー本編に密接に絡んでくるという思索的な小説になっています。良い感じ。

 量子力学的世界の一つとして、多世界解釈というものがあります。これは、無数に枝分かれした世界が無数に存在するという仮説です。パラレルワールドやマルチバースといったほうがわかりやすいですね。詳しくは『思想物理学概論』でも解説しておりますのでぜひ(宣伝……)。

 本作ではこの解釈に人間の意識を組み合わせて説明します。風船の上の世界を見ている、とか、漫画を読むニワトリ、とか。それは結局人間本位な世界の見方です(いわゆる人間原理)。主人公の男は、平行世界にジャンプして別の人生を認識し、借り物の服が馴染んでくるような居心地の悪さを感じて、最初から人生を積上げることの大切さを学びます。これがひとつのテーマかなと思いました。自分ならどうするかな、ジャンプするかな、と考えさせられました。

 本作のもうひとつの特徴が、主人公の男が吐露する一人称の地の文でしょう。人生に飽いた男の投げやりな心情を、明に暗に表現する比喩で語る文体によって、読者に情景を生々しく想起させてくれます。わたしが『カミヅリ』(宣伝……)でチャレンジした表現方法に似ているのですが、わたしよりも上手だなあ、と感じました。

 ラストはすこしウェット方面に寄りましたので、わたし個人的にはクールなまま物語を閉じても良かったかな、と思いました。一気に読んでしまいました。たいへんおもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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