読書感想文 『アドラメレクの聖域』 優騎洸(著)

 二十年ぶりに掘り起こされたタイムカプセルの中には、見知らぬメモが混入していた。タイムカプセルを埋めたかつての少年少女は、その当時に団地で発生した事件を思い起こす。彼らは喉元に深く刺さった事件の骨を抜くべく当時のことを調べ始める。

 ミステリの定義にもよるのでしょうけど、わたしはこの本をミステリだと思いませんでした。読み進めていたときもそうですし、読み終わった今も、です。どちらかというと一般文芸(特定の分野に属さない小説)をミステリで味付けしたように思いました。

 前半は煙幕を張りながら伏線を置いていっているわけですが、そんなことよりも、大人になった少年少女たちの今をしっかり描写していて、こころ動かされます。特に、余命宣告された男性と、婚期を逃した女性のこころの動きに共感しました。現実より少しオーバー表現にすることで、読む人の興味を惹くところが上手です。「黒い雲が腹の中で渦を巻いている」「子宮が疼く」とか。

 後半はタイムカプセルに入っていたメモの謎を解いていくのですが、その推理過程は状況証拠の積み上げと仮定に仮定を重ねるものなので、スッキリしない人もいるかもしれません。しかしこれもミステリではないと思えば、団地に潜む闇をぼんやりと見せることで気味悪さを感じさせるための手法なんだなと納得できるでしょう。そしてタイトルの「アドラメレク」につながります。

 無粋な編集者なら、冒頭にタイムカプセルを開けるところを持ってこさせるのではないでしょうか。そのくらい前半はのんびりしたペースで進みます。最近の読者ですと、読み進めることをやめるかもしれません。ですが、その前半が重要なのです。

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