読書感想文 『B・Bの向こう側へ』 今田喜碩 (著)

 2001年5月、地元の走り屋とプロレーサーが対決するという車雑誌の企画が、ついに函館で行われることになった。出場する地元チームの一人、速水俊介は悩んでいた。なぜおれは走り続けるのだろうか? 彼はその答えを求め走り続ける。

 この本の舞台である2000年前後は未曽有の就職氷河期で、何十社、それこそ百社以上も受けて就職できない学生が大勢いるというニュースが身近にあった時代でした。わたしも氷河期組ですので、そのときのことは今でも思い出されます。それでも若者の間には閉塞感はあまりなかった気がします。みな、アルバイトなりで生計を立てながら日々楽しんでいました。その楽しみの一つが、クルマだったのです。

 この本では、峠を攻める走り屋にフォーカスを当てています。当時は『頭文字D』や『湾岸ミッドナイト』がブームとなっていて、わたしの周りでも愛読している人が大勢いました。ちなみにわたしは渋いオジサマが主人公のマンガ(『SS』や、ちょっと古いけど『GTロマン』)のほうが好みでした。この本を読んで懐かしい車名に出会い、そのときのことを思い出しました。

 90年代後半までは、まだクルマにロマンがありました。若い男たちは自分の愛車を速く走らせることに血眼になっていたものです。わたしのアルバイト先の先輩たちも、FCで峠を攻めて刺さったり、R32を新車で買ってローン地獄になったり、結婚するのにZを手放さなかったり、そんな人たちばかりでした。こういう趣向は現代の若い人にはなかなか理解できないかもしれませんね。

 前置きが長くなりました。この本では、就職できずにアルバイトで生計を立てながら愛車で峠を駆け抜ける、走り屋たちのお話です。主人公の速水は、プロレーサーになることを夢見ながらも、現実に叩きのめされ、日々を惰性で過ごしています。そこに昔の後輩が現れ、彼をなじります。2年間何をやっていたんだ!と。とはいっても、実は走り屋からプロレーサーになることはほとんどできないのです。では彼らは何のために峠を攻めるのか? それを突き詰めていくのがこの本のテーマだと思いました。

 でもよく考えると、これはわたしたち創作者の喉元に突きつけられた問いと同じだと思いました。何のために書くのか? 漫然と書くことは、無為ではなく怠惰なのです。

 夢というものへの向き合い方、これを再度考えるきっかけになりました。おもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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