読書感想文 『チェンジ ザ ワールド』 新田将貴 (著)

 アフガニスタンに派兵されていた米兵による、地元家族の惨殺と少女への凌辱の様子がインターネット動画で流出。その動画は瞬く間に世界中に広がり、ショックのあまり「諦めテロ」が頻発した。その動揺はついにパキスタンでクーデターを引き起す。一触即発の中、人類は核戦争を止められるのか?


 物語の終盤まで読んで、わたしは憤慨のあまりスマホを叩き付けたくなる衝動にかられました。矛先はもちろんこの本ではありません。現実のこの世界に向けて、です。この本では、特殊体質を持つ少年が紛争を止める最後の希望になってしまいます。彼は、まだ小学三年生の無垢な少年です。ただ、周囲の人に多幸感を呼び起こす特殊体質を持っていました。だからこそこの本ではその少年の力にすがってしまうのです。しかし換言するなら、そんなフィクションでなければ存在し得ない人物でなければ目の前の戦争を止められない、平和にするなんてことはできない、とこの本は言っているのです。

 もちろんこの本の中でも、戦っている当事者や大人、中学生もが、悲惨な映像や言葉に感化され自らの信じる論理によって行動を起こします。誰もが自らの考えによる平和を叫びながら戦い始めるのです。誰もが良かれと思って始めることでも、それによって最悪の結末につながっていることもある、ということなのです。

 結局、平和を叫ぶばかりではなんの役にも立ちません。それでも作中人物はこう言います。「わたしだけが部外者でいるわけにはいかない」 無力であることを理解したうえで行動を起こさざるを得ない絶望感と高揚感。だからわたしは現実のこの世界の愚かしさに憤まんやるかたない思いを覚えたのです。これがこの本の真の目的であるのなら、とてつもなく残酷で、それでいて啓示的な結末だと思いました。


 文章は多くの人物が登場する群像劇で、それぞれのパートは一人称で語られます。その語りの中にかなり専門的な内容が差し込まれるため、ときおり誰の言葉なのか心情なのかわからなくなるところもありました。そういう意味で粗削りな印象を受けましたが、基本的に読みやすかったです。また、この本のような刺激的なテーマでは作者の押しつけがましい説教が透けて見えて幻滅することがあるのですが、この本ではそのようなこともなく、ものの見方を多面的に考えさせてくれる書き方になっていました。


 読み終わったとき、ボーッと世界平和について考えました。そんなこと、これまでほとんどなかったのですが……。これが本の持つ自己変革の力なのだと納得することができました。


エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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