読書感想文 『The last victim』 敷島 システム(著)

 SAT(特殊急襲部隊)で輝かしい功績を挙げてきた矢神刑事。しかし彼は都心から離れた田舎のS市に異動となった。警視庁内の嫉妬による左遷なのか、何かを隠すための更迭なのか、その異動は口さがない噂を掻き立てていた。彼の功績の裏には、彼によって一般人が射殺されたのではないかという疑惑があったのだ。


 高齢化社会の問題を素材に、政争やバイオレンスという調味料を使って、クライムサスペンスという料理に仕上げた社会派中編作品です。社会人なら誰しも、自分がどのくらい社会保険料を支払っていて、いつからどれくらい年金をもらえるのか、気になっていることかと思います。社会保険費は自分のための積み立てではなく、前世代を支えるための支払いであるということなのですが、身銭を切っている現役世代にとっては将来の年金が気になるところですよね。間違いなく高齢化は進みますので、高齢者に対して支えてくれる若者世代が少なくなって、高齢者が若者のときに支払ったくらいの年金すらもらえない可能性がある、つまり生活できない高齢者が増えてくる、というのが現代社会の大きな課題になっています。

 本作は、その課題を解決する一つの手段(Perfect-Day法案)を示しつつ、それをめぐる政治家や刑事、ジャーナリスト、人々の葛藤や思いを、真夏の蒸し暑さを感じさせる文体で綴っていきます。この高齢化問題を解決していくということは、真夏の炎天下にいるのと同じくらいグッタリすることで、かといって冷房の効いた部屋のような逃げ場はなく、対策をしなければ熱中症で倒れてしまう、ということを本作ではジリジリとする真夏の描写で表現しているのかなと感じました。

 結局パリッとした結論に至らないのでモヤモヤっとするラストになります。これは本作で取り上げた高齢化問題の難しさ故だと思いますが、創作ならではの結末も見てみたかったなと思いました。おもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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