書評 『デザインのたくらみ』 坂井 直樹(著)


 コンセプター坂井直樹氏が、雑誌Penに連載していたコラムをまとめた本。デザイン自体にはフォーカスしておらず、デザインの裏に潜むコンセプトについて述べている。


 著者はコンセプターという職業だそうです。コンセプターとは、あるプロダクトをプロデュースする人で、最新デザインはもとより、テクノロジーやマーケットにも通じていて、それらを組み合わせたプロダクトを生み出すアイデアも必要で、さらにプロジェクト推進するマネージメント力や、広く世界に販売していくコマーシャリング力もなければいけないというスーパーマンみたいな人のことを言います。そんな坂井氏の代表作は、日産『Be-1』です。

 さてこの本はそんな著者が世にあるプロダクトやデザイナーについて書いたコラム集です。2005年発行時に読んだときは結構こころに響くものがあったのですが、流石に今となっては古臭いかなと思っておりました。しかし今回12年ぶりに再読しても色あせない主張は健在でした。12年前の本ですから取り上げているプロダクトは少々懐かしい(古臭くさい)ですが、その裏に潜む企みについての考察はなかなか今でも通用するものでした。例えば、ケータイ電話の話題では、「ブランドを前面に出すことが、デザインを進化させる」と述べていましたが、その後のスマホの隆盛を見るとその通りになっているなと感心しました。彼自身、デザイナーは時代より「少し早い速度で生きる」必要があると言っています。少し未来を見る力、これがデザイナーの生命線なのだと感じました。そしてそれはテキストで新たな価値を創造しようとしているわたしたちのような小説家にも必要な能力であると肝に銘じました。

 著者のデザインに対する基本姿勢は機能美から一歩踏み込んだものです。「フォルムは機能に沿う」という”用の美”である機能美に対し、水引きや包装、テキスタイルデザインなどに用いられる「非日常の『用の美』」(著者)がデザインには必要と言います。一方で、様々なデザイナーの言葉を借りて次のようにも述べています。「デザイナーの役割は売れるものを作ること」(オリビエ・ブーレイ)、「デザインの基本は、複雑なものをシンプルに整理すること」(アップル社のデザインを著者が解説)、「デザインとアートの違いは実用性にある」(テレンス・コンラン)。著者は機能美を認めたうえで、それを上回るデザインを求めているのです。これはわたしのような素人物書きにもぐさりとくるものがありました。わたしが書く小説は、アートなのかプロダクトなのか、ということです。自分自身はプロダクトのつもりですが、だとするとそれは「時代より少し早い」のか? 「非日常の『用の美』」はあるのか? 「売れるもの」なのか? 「シンプルに整理されている」か? 「実用性がある」のか? そう自分のプロダクト(小説)に問われているようでした。

 著者は「本」についてもコラムを書いています。そこで「本はオブジェ化が進む」という予言しています。「テキストだけの魅力で本を売ることの限界が見えてきた」と言い、商品として本が生き残るには、書棚に飾っても恥ずかしくないブックデザインが必要ということです。少し広く考えると、その本を所有するスタイルを売るということなのでしょう。プロダクトとしての本のテキストにはそのスタイルに合った内容が求められるということでしょうか。わたしはこれには異論があって、本はそのコンテンツ自体にこそ価値があって、そのガワはただの包装紙だとわたしは思ってます。とはいえ、一目でその価値がわからないテキストを売るには、着飾った包装紙が必要であるのはその通りだとも思います。しかしセルパブ本には、その包装紙(表紙)も簡素化してあるものも数多くあります。その中から良質のセルパブ本を探すにはどうしたら良いのか? という問いにも本書はヒントを与えてくれました。

「美術館のキュレーターの仕事とは、そんな玉石混交の中から自分の眼でモノを選び出し、再編集することで、未来につながる新しい価値観を提案すること。(中略)過去のお宝を集めることではなく、未来を作ることにある」

 わたしには新しい価値観を提案するほどの能力はありませんが、少なくともおもしろかったセルパブ本を発信することはできます。それがセルパブの未来を作ることにつながるなら、それはとても意義あることなんだ、と勇気づけられた気がしました。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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