読書感想文 『仮想化技術時代の音楽作品』 伶々(わざおぎ れい)(著)

 2055年、音楽制作は人工知能の独壇場になっていた。その牙城を崩す一人の若き女性音楽家 吹華銀凛《ふきばなぎんりん》は、彼女の仲間とともに、世界中の音楽情報を牛耳ろうとする人物との戦いに挑む。

 仮想現実が発達し、誰もが頭蓋骨に埋め込まれた電子副脳(MAS-Q)によって情報共有している近未来のお話です。作中こういった近未来ガジェットが数多く出てくるわけですが、ネーミングがカッコよくて、わたしにはないこのセンスにうらやましくなりました。

 ネーミングセンスもそうですが、キャラクターの造形も巧みです。いなくてもいい主要キャラはいなくて、一人一人のキャラが魅力的でした。

 前半では主人公 守上翔の学生生活に世界観を絡めつつ物語が展開していきます。中盤、銀凛の弟子となった翔の修行の中で、人工知能による音楽制作と人間によるそれとの違いは何か? という創作の根源に関わるテーマに触れてます。このテーマに対して作者は『網の目』と説明しています。詳細は読んでいただいたほうが良いと思いますので割愛しますが、代わりにこの本を読んでわたしが感じた考えを書きたいと思います。創作論になるとわたしの手に余りますので、あくまで思ったことをまとまりなく書きます。

 自己満足を超えたところにある創作コンテンツの究極の役割は、受け取る人に想起(過去)と自己変革(未来)を与えることにあると思っています。それによって受け取った人は、感情が揺さぶられ感動に至るのではないかと考えています。

 この本のテーマである音楽コンテンツについて考えてみます。作曲とは音符という符号を五線譜に並べることです。作られた楽譜は有限データになりますので解析が容易です。そのため、ここは人工知能が人間を凌駕する領域になるでしょう。しかし音楽は、聴衆に音とリズムと歌詞が届いて初めて完成するコンテンツでもあります。伝える手段である演奏によって表現される音符と音符の間のニュアンスは無限です。であるから人間が聴衆である限り、人間の感情を揺さぶる音楽を奏でられるのはやはり人間なのではないかと思うのです。

 ではほかの創作物はどうでしょうか? 特に小説は? 音楽と同じく、文字(符号)を並べることは人工知能の得意とするところでしょう。しかし本も、読者が読んで初めて完成するコンテンツです。読者に届かないコンテンツは無意味なのです。本を読んだ読者の感情を揺さぶるのは、その文章様式かもしれませんし、物語なのかもしれません。決して、きれいな文字の並びだけではないはずです。果たして、新しい様式や物語が人工知能に生み出せるのかどうか。わたしは人間の概念を学習した人工知能であればそれは可能かもしれないと思っています。ただ、それはもはや人工知能ではなく、機械の皮を被った人間なのではないかとも思うのです。

 本の感想に戻ります。終盤は音楽の未来を賭けた音楽バトルになります。文章で音楽を表現しないといけませんので、かなり苦労されたのではと思いました。でもそれだけに迫力のあるシーンになっていました。音痴のわたしにも音楽が聴こえてきたような気がしました。おもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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