読書感想文 『小説家の居場所』 浅黄幻影(著)

 キザな振る舞いで大人気の恋愛小説家ジェヌインは、泥酔した勢いで行きつけの喫茶店店員リティアと一夜を共にしてしまった。まずかったのは、ジェヌインにはそのときの記憶が全くなく、彼女に何をしでかしたのか覚えていないことだった。しかも彼には、妻も娘もいたのだ。どうしようか悩みまくるジェヌインに、リティアは何食わぬ顔をしながら思わせぶりな言葉をかけてくる。


 本作の主人公ジェヌインは、本を売るために敢えてキザで軽薄な作家を演じているうちにその仮面の脱ぎ場所がなくなってしまった小説家で、彼が癒しを求めて若くて美人のリティアにはまっていく、というのが本作のメインストーリーです。こう書くと男の転落人生を描いた小説みたいにみえますが、そこはしっかりした大人のラブストーリーに仕上がっており、年甲斐もなくトキメキを感じながら読むことができました。

 本筋のラブストーリーに並行するのは、リティアが小説家になりたいと思って奮闘、葛藤する創作ストーリーで、さらに、彼女が物語を書く理由や、ジェヌインが偽りの自分を演じることの悩みなどの支流が、徐々に本流に合流してきて、中盤にかけて混然一体となった濁流に成長していきます。このへんの盛り上げ方が上手で、終盤にかけて決壊寸前にまでなる二人の状況にとてもハラハラしました。最後はきれいな流れになって静かに終わりますので、良い読後感でした。

 さて本作は、冒頭に『田舎のネズミと都会のネズミ』の童話の解説から始まるという構成になっています。すぐに本筋のストーリーに入るのではなく、作者から読者への問い掛けから入るというあまり読んだことのない形でした(本作の作者、浅黄さんの他の著作でも同様な入り方をする小説があったような記憶はありますが……)。作者が本作で感じてほしいテーマとか着目点などを事前に読者に提示することで、より考えながら読む、という効果があったように思います。おもしろい試みだと思いました。

 わたしは田舎も都会もどちらも好きなので、両方に居場所があるといいな、という欲張りな結論になりました(笑)。おもしろかったです。

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