読書感想文 『ドリーのリは理不尽のリ』 蝉川 まり(著)
高校三年生の光莉は、ひとりでサンフランシスコ行のジェット機に乗っていた。彼女は、母親の死後、凍結保存された胚を使って代理出産で生まれたのだが、父親は、彼女に詳しいことを話さなかった。そのため彼女は、父親に内緒で生みの親に会いに行くのだ。会えば自分の出生の秘密を知ることができると期待して。
冒頭、母親の阿南由香と娘の阿南光莉は遺伝子上、同一人物だった、というキャッチ―な謎が提示され、読者(わたし)のこころを鷲掴みにしてくれました。本書のAmazon紹介文にもあるのでネタバレにはならないと思いますが、遺伝子工学者である父親の阿南基が、若くして亡くなった妻の由香の皮膚片を使って作ったのが、娘の光莉になります。この最初の謎を終盤まで引っ張っていくわけですが、仲が良かった父と娘のすれ違いや、ハーマン製薬の社長、その娘リリー、ジャーナリストのケンなどの人生を重層的に織り込み、ストーリーは中だるみすることなくラストに向けて盛り上がっていきます。わたしがこのネタで書くとするときっと短編になるだろうな、と思いながら読んでいました。本作が長編になったのは、こういう人物の掘り下げがあったからこそなんでしょうね。感情の起伏や人間関係の書き方が雑だと白ける感じになってしまいますが、本作ではそのあたりも丁寧に書き込まれていますので、登場人物にすんなり共感することができました。たまにこれは長編で読んでみたいと思う短編に出くわすことがありますが、本作の書き方がそのひとつの解なのかもしれません。
クローン技術を人間に適用するという倫理的是非を考えなければ、技術的にはクローン人間はすぐにでも実現できると思われます。もしかしたら、もう存在するのかもしれません。わたしなどは、世界は悪意で覆われている、と考えるタイプですので、倫理的にタガをはめないと大変なことになる、と思ってしまいますし、わたしがこの手の小説を書くとすると、破滅的な世界観で書きそうです(笑)。本作はその逆で、小さな悪意は存在しますが、その背景には善意があり、その善意によって悪意も結果的に善意に転換していくという、世界は善意で満ちている、という世界観で書かれておりますので、読んだ後にはわたしも世界の行く末に希望が持てるように変わりました(笑)。たいへんおもしろかったです。
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