読書感想文 『箱の中の優しい世界』 高山 環(著)
画期的セキュリティシステム「ボックスチェーン」のリリース直前、開発リーダーの佐野渉は交通事故で意識不明に陥った。佐野は三年後に目覚めたが、すぐに何者かに命を狙われ始める。全てはボックスチェーンを巡る陰謀だった。
ボックスチェーンは、情報をボックスという仮想の箱に保管し、それを各端末で分散して共有(P2P)するシステムです。ボックスにはカギがかけられており、所有者しか開けられません。作られたボックスはその前のボックスの上に次々と積み上げられていくという仕組みになっているため、ボックスチェーンの根元にある最初の箱(ファーストボックス)が最も重要な箱になります。このファーストボックスの所有者が世界の情報を制するということで、それを持っているとされた佐野が狙われるわけです。このような良く考えられた情報化システムが他にも出てきて、それらはもう今でも実現できそうなリアルなもので、作者は詳しい人なんだろうなと思いました。
ボックスチェーンなどの初期設計をした謎の天才プログラマーも登場します。モデルはきっとビットコインのサトシ・ナカモトや、Winnyの製作者なのでしょう。また桜田が佐野を翻弄する方法は、PC遠隔操作事件の犯人を思い起こさせるものでした。
佐野が目覚めた三年後の世界は、ボックスチェーンとそれに乗っかったポリティカルコレクトネス(PC)によって穏やかな管理社会に変貌していました。誰しもが、他人(レビュアー)の評価を気にして表現をする世界。それは一見良さそうにも見えますが、公平であるはずのレビュアーに偏りがあったら、という怖さをこの本は教えてくれます。PCと似たような信用システムは、アジアのある大国でも運用され始めていますし、日本でも同じような管理システムに行きつくのは間違いないと思いますが、行き過ぎた管理社会は別の差別を生むという怖さを知った上で制度設計をしていかなければいけないんだなと感じました。そういう思考実験のためにも、この本は参考になると思います。作者は高度情報化社会に向けた警鐘を鳴らしたかったのでしょうね。
文体は一人称ハードボイルドで、タフな主人公をカッコ良く描写しています。ジャンルはITサスペンスとでもなるのでしょうか。おもしろかったです。
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