読書感想文 『エレクトロ』 下村ケイ(著)

 仙崎閃子と東雲静の女子高生ふたりは、今日も仮想電脳ゲーム世界アジールに潜行する。生きる意味も希望もない現実世界に対して、虚構世界アジールにはそれがあった。ふたりはアジールの凄腕エージェントとして、ついにラスボスと対決することになる。そのあとにあるのは虚無か虚構か?(『ユースフルアサイラム』)

 クソみたいな現実世界から逃れるため、電脳麻薬に溺れる日々を送る『僕』。そんなある日、かつて出ていった弟が『僕』の前に現れた。テロリストになっていた弟は『僕』に、使いきれないほどの金があったら何をしたい、と聞いてきた。『僕の』答えは……(『ワールドオブザボイス』)


 ディストピアとなった現実世界と、それを補完するように存在する虚構世界を舞台にした、マトリックス的世界観の短編小説2篇が収録されています。どちらの短編も、舞台装置やガジェットは違いますが、根底に流れるのは、荒んだ現実世界での人生をあきらめかけた登場人物が、虚構の電脳世界に自己の理想を投影し、その虚構世界を足がかりにして現実世界で立ち直るきっかけを掴むという、人生再生のストーリーです。

 みなさんも、宇宙のスケールを想像すると人間などチリのように小さいと達観する、というのは良くある実体験だと思います。人によっては、そのスケールの大きさに、人知を超えた存在、すなわち神を感じるかもしれません。本作では、深淵な電脳世界がその宇宙の代わりとなって、人々に諦観と神の存在を教えています。ただ電脳世界が宇宙と違うところは、誰でも簡単にアクセスできるということ。そのため、諦観は人々の間に蔓延し、現実社会を浸食していきます。近い未来、本作のような世界が来るのかもしれません。未来を予見する、という意味で本作は正統なSFだと感じました。

 読み始めは、びっしりとレトリックが詰まった重厚な文面に面食らうかもしれませんが、ストーリー展開はカジュアルですので、最初のとっつきにくささえクリアしてしまえば、すぐにその世界観に引き込まれていくと思います。おもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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