読書感想文 『夢の人』 植田シキ(著)

 寝ている時に好きな夢を見られるドリームメーカーに「夢の人」というタイトルが追加された。「夢の人」は瞬く間に話題になり、その夢から抜け出せなくなる中毒者が続出する。「夢の人」は、サヤという女性と恋愛を楽しむ夢だった。


 現実世界で満たされない思いをせめて夢の中だけでもと願う人は大勢いるでしょう。その夢を叶えるマシンが本作におけるドリームメーカーになります。ドリームメーカーと同じように夢を自在にコントロールできる能力があります。それが明晰夢です。夢は思い通りにならないからおもしろい、わたしは最近そう思うようになってきましたが、以前は自分の願う通りの夢を見ようとがんばっていました。その手法こそ明晰夢でした。詳しくは拙著『思想物理学概論』を参照いただくとして、明晰夢で夢を操ることができれば、この本のドリームメーカーと同じことができるようになります。そしてドリームメーカーと同じくハマります。明晰夢中はおそらく脳内麻薬が分泌されるんでしょう、目覚めたときの多幸感は相当のものです。

 さて本作は、ドリームメーカーの中でも「夢の人」という恋愛ソフトにハマる人々を巡る物語です。いずれも現実世界での鬱屈した思いを抱えていますが、夢の中でサヤさんに癒されることで多幸感を得ます。サヤさんとの出会いによって新たな目標を見つけて「夢の人」を卒業する人もいれば、ハマってそのまま眠り続ける人もいます。それは紙一重の差なんでしょうね。

 夢も現実も同じ脳で処理する以上、人間にとっては夢も現実も同じだとわたしは考えています。わたしの個人的な意見ですが、眠り続けるということを選択したなら、それもその人の人生なんだろうと思います。問題は、眠り続けることが経済的に成立しないということだけだと思うのです。夢の世界で生きることも、SFの世界でよくあるサイバー空間に意識を移すことも、同じことだと思っています。

 自由な夢を見られる電子機器の実現はまだまだ先になりそうですが、似たような技術であるVRが現実と同じくらいリアルになると、同じように中毒になる人が出るでしょうね。この本では、その怖さを煽るような否定的な内容ではなく、なぜそうなってしまうのかというこころの問題を描き出そうとしているように思いました。いろいろ考えることが多くありました。おもしろかったです。


 なぜ「夢の人」がここまでの中毒性があるのか、というところがもっと技術的(空想でも)に突っ込んであったら最高でした。

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