読書感想文 『女性の降伏』 ヒダカ コトリ(著)
世界的な舞踏家でモデルの佐伯玲は突如、父の後を継ぎ、政治家に転身した。そして、街頭演説の最中に刺殺された。週刊誌記者の由美は、姉の玲の足跡を辿り、事件の闇に取り込まれていく。
世界的な舞踏家で政治家がなぜ殺されなければならなかったのか、を週刊誌記者が追うサスペンス形式の小説です。この舞台設定だけでもおもしろいのに、その週刊誌記者は、殺された舞踏家の妹で、政治家の父と舞踏家の姉に対して深いコンプレックスを抱えているという、絶妙な背景と複雑な人間関係でして、この配役とこのきっかけなら、物語が動かないわけがない、という感じで、ぐいぐい引き込まれます。
主人公の由美は、父や姉のように信念を実現できる能力や意思が不足していて、その不甲斐なさにいつもイライラしています。それでも由美は、自分なりに彼らの高みに近づこうと努力しますが、努力の方向性が我に寄りすぎていることで他人から嫌われ、そこから負のスパイラルにはまって挫折する、という羽目に陥ります。ほぼ自らが蒔いた種の気もしますが(笑)。
さて本作のテーマはラベリングではないかと読んでて思いました。男女、世代、階層、仕事、立場など、ラベリングはそこいらじゅうにあります。ラベリングを生み出すのは、当事者同士のバイアスにありますが、バイアスが半ば強制的に矯正されつつある現代では、バイアスより影響が大きいのは本人の自覚ではないかと、個人的には思っています。自分はスティグマによって妨害されているのではないかという、被害者意識にも似た自覚ですね。真正の人間ではない者が、成功できない理由をラベリングに求めるのは、自分を守るための言い訳ではないか、とわたしなんかは思うわけです。双方に貼られたレッテルを乗り越えるためには、社会人としての常識や慎重さ、人間としての真摯さ誠実さが必要ですが、主人公の由美にはそれが少し足りなかったのかなと思いました。他人の心は推し量るしかできないところにコミュニケーションの不幸がありますが、それでも真摯さや誠実さが必要なのは、まわりまわっていずれ自分に返ってくると信じられるからですよね。真摯さや誠実さは、未来の自分を守るための盾でもあると思います。
わたし自身も、成功している少数派ではない、その他大多数側の庶民ですので、主人公由美の葛藤には大いに共感できました。おもしろかったです。
Amazonリンクがエラーになってしまいましたので、表紙画像をダウンロードさせていただきリンクを貼りました。
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