読書感想文 『シンクロニシティの螺旋』 こっちのたつや(著)
東京記憶研究所で働く三枝瑠璃は、彼女にしかない特殊能力を持っていた。彼女は、他人の記憶に潜航し、その記憶を修復することができたのだ。そんな彼女のもとに、世界的な科学者ラインハートから緊急の依頼が舞い込む。彼の記憶が盗まれた、という。
記憶と意識が織りなす精神世界を舞台にした、サイエンスファンタジーのほうのSF小説でした。現実世界では表しきれない空想や概念を読者に伝えられる、というのが映画や絵画にはない小説の優位性だと思います。本作でも、記憶と意識というあいまいな概念を物質化あるいは擬人化して表現、さらに精神世界という目に見えない世界を目に見える形(もちろん空想上ではありますが)で文章化しており、読者であるわたしも作者の豊かな想像力を共有することができました。
一方、読者に物語を読ませるための駆動力として悪役とのバトルが必要なのですが、本作ではそういう悪役は出てきません。主人公たちは、対立軸にある相手とも対話による解決を望み、相互理解によって課題を乗り越えていく、という方法を取ります。現実世界では理想的な進め方ではあるのですが、創作世界の刺激に慣れてしまった読者(わたし)には、中だるみのような印象になってしまったところが残念でした。
さて本作のテーマでもある意識とはいったい何なのでしょうか? どこからくるのでしょうか? わたしも以前は記憶から湧いてくるのではないか、と思っていました(拙著『エンタングルメント・マインド エピソード6』にそんなことを書いています)。ただ最近の生成AIの進歩をみていると、もしかしたら意識とは学習の結果ではないだろうか、と思うようになってきました。もしそうなら、意識には神秘性もくそもなく、ただの複雑な確率論によって説明できるということになります。もしかしたら、意識の謎が解き明かされるのも近いかもしれませんね。
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