読書感想文 『謎の彫刻』 松本英隆(著)
高校時代の恩師が亡くなった。手紙で報せを受けた西村洋一は、急ぎ先生の実家を訪ねる。先生のアトリエには、多くの遺作がそのままになっていた。そのなかに、明らかに他とは違う未完成の石膏像があった。西村はその石膏像に惹かれ、モデルと制作過程を調べ始める。
彫刻家の制作過程の謎を探る創作系ミステリ小説です。中堅の彫刻家である沢井先生が急死し、教え子の大学院生西村がアトリエに残された先生の作品群の調査リストを作ることになるところから物語はスタートします。確かに作家の遺作ってどうするんだろうと疑問に思いましたが、画廊や美術館に引き取ってもらうのにリストを作ったり、選定委員会があったりするんですね。美術の世界の舞台裏を覗いた感じがあっておもしろいです。そのリストを作る中で、沢井先生のこれまでの人生が明らかになっていきます。こういうプライベートを調べるというのは、人間の恥部に触れる可能性があるのでセンシティブになりますよね。主人公も、遺族の了承済みとはいえ、先生の過去を興味本位で掘り返してはいけないという葛藤がきちんと書かれていて、好感度アップ&読者への引きになっています。人間、隠されているものは見たい、というのが本能ですので(笑)、読者としては隠された沢井先生の人生に大変興味をそそられました。たいへんおもしろかったです。
一方で、現実の自分に置き換えてみると、もちろん自分は作家とはいえアマチュアなので、死後に何か調査されることはないのですが、たとえ家族でもあれこれ詮索されるのはイヤだなあと思ってしまいました。誰に見られてもいいようにしっかり整理、見られては困るものはしっかり削除(笑)しておこうと改めて思いました。特にサーバーやPCの中身(笑)。『デスノート』のワタリのように、スイッチひとつで記録消去できるようにしておきたい。
さて創作論的な感想も。美術に限らず、創作ではその制作過程が重要視されるんですよね。できあがった作品の一筆一筆、一刀一刀、言葉ひとつひとつにその制作過程が刻み込まれて、それがひとびとの感動や共感を喚起するということなんでしょう。そのあたりのことはもっとダイレクトに自分の新作短編『クリエイター・エレジー』に書きましたので、ぜひ(宣伝)。
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