読書感想文 『足音にロック』 奥田徹(著)
人材派遣会社に勤める福岡には死の足音が聞こえていた。今夜もまた足音が聞こえてくる。彼は仕事に疲れ切っていたのだ。そんなとき、落とした財布を拾った女性と知り合い、彼の運命が回り始める。
序盤は、主人公の福岡が激務によって心身を疲弊しついに過労死を意識するまでになる様子が克明に描かれます。「俺たちはいつ辞めても良いんだ」という先輩の言葉を拠り所にしながら必死に目の前の業務をこなしていく彼の心情は読んでいて痛々しいとともに、過去の自分自身を重ねるところもありました。
彼は仕事を辞めるに辞められず、その日暮らしのような生活をズルズルと続けています。つらいけど自分が抜けたらみんなに迷惑を掛ける、そういう思いは彼自身を徐々に追い詰めていきます。その彼の周りにも同じような境遇の人たちがいて、その人たちとの交流で互いに救い救われ、彼らは新たな一歩を踏み出していく……というのが大筋のストーリーなのですが、実はそんな単純なお話ではありません。無くした財布を拾ってくれた魅惑的な女性との出会いに始まり、謎のクラブでの超VIP待遇、連続放火事件、拉致監禁と、彼は激務に並行して非日常の出来事に巻き込まれていくのです。これらの出来事が終盤に向けて死の足音に結び付き、ある人物に収束していきます。ですが、死の足音自体が疲れによる幻聴のように表現されていることから、巻き込まれる出来事も幻覚かもしれないと読者に思わせます。読んでいて雲を掴むような不思議な感じで、この現実世界でもはっきりわかることが実際どれだけあるのだろうかとも思わせてくれました。
最後まで謎が残るので若干もやもやしますが、前向きな終わり方で読後感は良かったです。たいへんおもしろかったです。
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