読書感想文 『文学と革命: 完全版』 坂谷三朗(著)


 1970年代中国は文化大革命の最中にあった。その影響は農村部にまで及び村人は極端に清貧な生活を強いられていた。農村の娘、賀静波と幼馴染の陳健華は中国の勃興とともに成長していく。


 ヒロインの賀静波は文革に微かな疑問を抱いていますが、陳健華は権力を指向し毛沢東思想に傾倒していて、そのすれ違いが彩を加える中国大河物語です。

 この本では、文革という中国の混乱期に初頭教育を受けた若者たちの目から、この時代の中国と日本を対比させ違いをあぶり出そうとします。それは追われる者(日本人)と追う者(中国人)の精神の差なんでしょう。文革から天安門事件という抑圧が、その後の中国の興隆を支える人材を輩出する原動力になったことは、日本の安保闘争に明け暮れた若者が高度成長を支えていく過程に重なるなと思いました。この本は文革時代の中国とバブル時代を迎えていた日本を舞台に、抑圧され爆発しようとする若者たちのマグマのような精気を実に鮮やかに描いています。元大学教授ながら文革により農村で不遇をかこつ陳思世が孫の陳健華に言い聞かせた言葉「肉欲は克己するのを忘れるな。肉欲の忍耐はおまえをさらに強くする」に若者を伸ばす本質を見た気がします。

 一方、性に潔癖な教育を受けてきた賀静波は、自らの肉体が女を示し始めることに戸惑います。そんなとき出会った谷崎潤一郎のクラクラするような官能小説に自分の中の新たな一面を見出します。彼女は、谷崎潤一郎の小説が彼女自身を解放したように、新しい文学によって人々も解放できると信じて日本文学を志します。勉学に邁進する彼女ですが、若さゆえに色欲に溺れることもあり、その生々しい心情に大いに共感しました。

 当時の中国農村の様子や、さらに中国人と日本人のパーソナリティの違いも見事に描き出していてとても興味深く読みました。たいへんおもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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