読書感想文 『不伝の剣・返し相伝』 羽太雄平(著)
女の悲鳴を聞いて自宅に飛び込んだ木崎杢之助《もくのすけ》が見たのは、座敷でうなり声を上げる巨大な愛犬と、それに対峙する父 弥左衛門の姿だった。犬の傍らには裾を乱した母が意識を失って倒れていた。愛犬を居合い抜きで成敗した父は、その件については何も語らず隠居、騒動の十か月後に弟 欣次郎を産んだ母は産後すぐに死んだ。欣次郎の出生の秘密が軸の短編と、秘剣の一子相伝にまつわる短編の二篇が収められた剣客短編集。
1篇目の『不伝の剣』は、冒頭では伝奇的な時代物語かと思わせますが、中盤からお家騒動という意外な方向に物語が進んでいきます。欣次郎は一体誰の子なのか? 犬の子なのではないか? という心無い噂を甘んじて受け止める父親の深い苦悩が沈黙の中に見事に描写されています。父親に去来する後悔、忠義、憎しみと慈しみなどが渦巻く感情を引き立てていました。
2篇目の『返し相伝』では、剣客 弓場庄兵衛が秘剣を我が子に相伝するお話です。秘剣に魅せられ人道を外れていく人の醜さがテーマかなと思いました。子が大きくなるまで相伝を待てない事情(流行り病に罹患したりなど)があるとき、高弟に一旦相伝しておいて、子がふさわしい年齢になったらその高弟から相伝することを「返し相伝」と言うそうです。知りませんでした。
いずれの短編も文体・構成とも時代小説としてしっかりしたもので、ストーリーもたいへんおもしろかったです。
とても良く書けているなと思ったら、『小説現代』に掲載されたものをセルパブした本だったんですね。失礼しました。雑誌掲載された短編でもなかなか本にならないものなんですね。
これまで日の目を見なかった良質の短編を世に出せるのもセルパブの利点と思います。こういう本が増えることでセルパブ市場のすそ野がさらに広がっていくことを期待したいです。
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