読書感想文 『悪党のリバース』 雨之森散策(著)

 違法薬物密売で多くの一般人を地獄に落としてきた札付きのワル、香川鉄雄。彼のもとに尋常ではない悪相の老人が訪ねてきた。恐怖と怒りに駆られた香川は老人を蹴り殺してしまう。香川の頭の中には死んだはずの老人の声が残響していた。「呪いを受け継ぎな……せいぜい苦しむといいさ」


 この本は、いわゆる『半グレ』たちが殴って蹴って殺しまでやってしまうバイオレンス小説、なのですが、善人になってしまうという呪いのおかげで救いを感じさせるという珍しい雰囲気も持っています。老人を殺してしまった香川は、知らずのうちに善人になる呪いを受け継ぎ、悪人の素性は変わることがないために自分がやってしまう善行に対して物凄く葛藤します。悪行に対して善のこころが傷つくという天使と悪魔型ストーリーは山ほどありますが、その逆は新鮮でした。どちらも同じ葛藤なんですね。

 わたしたち人間は、意識が先にあって行動につながるのか? または行動が先なのか? 悪行をするから悪に染まるのか? 逆もまた然りなのか?

 善行によって意識も善に傾く、というのが本作のテーマだろうと思います。中盤、香川は似顔絵師の描いた絵に触発されて自らの悪のルーツを辿ります。悪に染まるにも理由があって、香川自身も悪を受け、悪に成り、悪を拡散してきたという悪の連鎖を彼は自覚しました。そして望まずながらも善となった香川は少なくとも自分が作り出した悪の連鎖を断ち切った、というところにわたしは救いを見出しました。

 文章も読みやすく、ストーリーの良さもあって一気に読みました。たいへんおもしろかったです。

エンタングルメント・マインド(Entanglement Mind)

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