読書感想文 『カンジ』 藤沼龍理(著)

 100年に一人の天才とも、大変人とも呼ばれた大日本帝国陸軍将校石原莞爾(最終階級は中将)を軸に、満州事変、二・二六事件と立て続けに暴走する陸軍内部の抗争を描く歴史小説。


 折しも昭和天皇のお言葉が新たに公開されたこの数日に本書を読んでいて、我々の世代もまだ歴史の只中にいるんだなと痛感しました。お言葉の中には、張作霖爆殺と二・二六事件にも触れらていて、張作霖爆殺については「処分の不徹底が敗戦に至る禍根の発端」、二・二六事件については「あの時分の陸軍の勢いは誰にも止められるものではなかった」とのお言葉あったとのことです。この本ではまさにその時の軍部の動きが書かれていて、小説ではない事実としての歴史の重みを感じました。ターニングポイントはこうやって起こったんだなと考えさせる内容でした。

 石原莞爾といえば東条英機と反目し左遷された事実から反戦のイメージがある方もいるかもしれませんが、石原自身がまさにあの時代の陸軍の中枢にいて戦略を起案していた人物でした。石原莞爾は関東軍の頭脳として満州国建国を成立させ、参謀本部では二・二六事件の制圧を指揮したバリバリのエリート軍人です。石原本人は満州国建国後は不拡大路線を訴えるのですが、その時にはもう陸軍自体が抑えがきかなくなっていました。それは石原自らが蒔いた種(独断専横)の結果とも思います。満州に王道楽土を築き対米最終戦争に備えるという彼の軍略を陸軍に浸透させることができなかったことが彼の失敗なんだろうなと思いました。一方で彼の理想が実現した世界を想像してみると、もしかしたら敗戦というのも日本にとっては必要悪だったのかもしれないと考えてしまう自分もいて、何が一番良かったのか思い悩みました。先の大戦は軍部が暴走したからという単純な図式ではなく、そこに至るまでの世界中の人々の利己的な行動によって時代が動いていったんだということを改めて強く感じました。

 歴史小説というよりノンフィクションに近い抑制のきいた文体です。ですが当時の人々の心情や想いなどが生々しく語られ、歴史上の人物ではなく生身の人間の物語になっていて惹き込まれました。たいへんおもしろかったです。

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