読書感想文 『愛を造る (逃羊人)』 解場繭砥(著)
交通事故に巻き込まれた啓子の意識はいつまでたっても戻らなかった。植物状態となった彼女との会話を実現すべく、彼女の婚約者である登脇陸と、幼馴染の卓野包一が技術開発に猛進する。彼らは新進気鋭の脳科学者と人工知能学者でもあった。彼らの想いは実り、彼女との会話が実現する。しかしそれは愛と意識に関する実験の始まりだった。
自分からは何も反応できない植物状態であっても意識がはっきりしていて話し掛けられていることも分かるという状態を閉じ込め症候群というそうです(本作の啓子の状態とは少し違う定義のようですが)。この閉じ込め症候群のような状態の患者の意識をどうやってサルベージするか、というのが序盤の見どころとなっています。本作内では顎関節や舌を活用(筋電位かな)したBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)を開発するという現実的なアイデアが提示されました。発声には必ず口を使いますから、これは結構画期的なんじゃないかと感心しました。BMIについは現実的にもかなり技術は進展していますので、いずれ本作のように言葉を想起するだけで日常会話できるようになるでしょうね。
さて中盤からは意識の在処《ありか》についての哲学的なミステリになっていきます。有名な思考実験『シュレーディンガーの猫』がキーワードとなっています。まあ、わたし的には『ウィグナーの友人』のほうがしっくりくるのですが、作者はあえてメジャーな『猫』を選んだんだと思います(笑)。小説の中とはいえ、この思考実験を現実世界で実行可能な実験方法に落とし込んだところは素直にすごいなと思いました。確かにこの方法であれば人工知能が意識を持っているのかについて議論できる気がします。証明はできませんが少なくとも確信することはできるでしょう。
科学哲学的に興味深い思考実験をベースにしたメインストーリーに、ミステリやサスペンス要素を織り交ぜて最後まで一気に読ませる構成になっています。ドラマとしてもおもしろく、前半は論理的で冷静な登脇陸が後半になるにつれてどんどん興奮して直情的になっていくところに人間性を感じました。彼は自分のためではなく妻と子のために俗物になってしまうわけです。人間を人間たらしめるのは人間関係(社会性)なんだなと改めて思いました。たいへんおもしろかったです。
本編が終わった後、短編が2編ついています。本編との関係性やテーマがわかりずらく、若干蛇足気味に感じました。
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