読書感想文 『歩道橋の上の幽霊』 和泉 綾透(著)

 僕はゼミの如月純准教授を『死体』にしようとしていたのだけど、恐ろしい美魔女がそう簡単に『死体』になってくれるわけもなく――もちろん本当に死んでもらうわけではなく僕の想像の中での出来事なのだが――もんもんとしたまま一ヶ月が過ぎてしまった。このままでは担当でメロンパイの芽衣子さんに僕が死体にされてしまう、と恐れおののいていたところ、思いがけず同じゼミの同級生である花木彩音が、心許なげで向こう側が透けて見える雰囲気を持っているにも関わらずキラキラとした人たちに囲まれるというおかしな現象に気が付いた。これはもしかしたら彼女は『死体』になり得るのかも……。お馴染み駆け出しミステリー作家シリーズの外伝!


 何かしら悩みを抱えた人物を作中作内で殺してあげることによって、同時にその人物のこころの奥底に溜まっている澱《おり》を描(掻)き出して救ってあげる、というフレームワークはシリーズ本編と同じです。本編が短編から中編でさくっと読める分量に対し、本作は珍しく長編です。それもあって死体候補は3人(花木彩音、芝野安奈、江藤理志)もいて、彼女たちの複雑な心理と関係性を、古今東西の作家や哲学者の思想を引きながら例の長口上でじっくりと解きほぐしていきます。

 正直本作の解釈がわたしには難しかったのですが、むりやり簡潔に書いてみると、自分の居場所がここじゃないのは間違いないのに、なぜそう感じるのかをうまく説明できないというもどかしい思いを歩道橋からの転落という謎に落とし込んでみせた……のかな。書いていてなんか違う気もしてきた……。まあ内容はそんな感じなのですが、このシリーズはきっと雰囲気を読む本なので細かいことはいいんですッ。

 主人公都並大祐の長口上も健在で、加えて本作では彼と彼女らの知的な会話も注目点です(笑)。ただ、シリーズ初期と比べて語りが少し下世話な方向にシフトしているように感じました。なんというか、土屋賢二っぽくなった、というとわかりやすいかも(笑)。シリーズ第7作ではストレスで倒れた都並がそこから立ち直って少し自分に自信をつけたことでセリフ回しに余裕が出てきた、ということを表現しているのでしょう、きっと。

 本編の登場人物が総出演しますので、シリーズを読んできた読者はニヤニヤが止まらないと思います。わたしもそうでした! とてもおもしろかったです。

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