三世留男

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読書感想文 『扉 比嘉警部シリーズ 』 川内 祐(著)

 宅配ピザのアルバイトの薮田は、あるマンションに住む女性宅にピザを届けた。次の日、その女性が変死体で発見された。事件を担当する比嘉警部は、玄関に手付かずで置かれたままのピザに違和感を持つ。 事故死、と見過ごされそうだった変死事件を、そこに置かれたピザの違和感、という警部の勘というもので掬い上げ、事件の真相を丹念に捜査していく警察小説の短編です。実際の事件調査をイメージできるような筆致で、短編ということもあって、最後まで一息で読んでしまいました。派手さはありませんが堅実で実直な内容でした。おもしろかったです。 どれだけ尖っているか、どれだけ奇抜か、どれだけ外しているか、などなどこれまでにないという派手さがある人、物が目立つのが、この現代社会の常です。一方、そういう強いウリがない人、物は注目されにくいですよね。創作界も同じ状況にあって、地味な作品は派手な作品の陰に隠れて埋もれがちになります。わたしの書く小説も地味目なので(笑)、いつかもっと派手な小説を書いてやろう、と思ってがんばるのですが、作風は個性みたいなものなので、そうそう変われるわけでもありません。それに、この社会も派手さだけでは回っていなくて、地味な縁の下の力持ちがあってこそ支えられている、ということを忘れてはいけないとも思うのです。これは創作も同じではないかと。光の当たらないようなところにも雑草は生えるのです。そんな雑草でも、小さな花を咲かせることもあるでしょうし、花が咲かなくてもその根は土を耕し、枯れた葉は虫の餌にもなるわけです。こういう真面目な作品を読んで、そんな若干自虐的なことを考えてしまいました(笑)

読書感想文 『101点の犯罪: 名探偵 風泉俊馬シリーズ』 小川修身(著)

 ソフトウェアエンジニアの荒川が、旅行先で崖から転落死した。警察は、酒に酔って転落した事故死として処理をしたが、荒川の母親はそれを信じず、息子は誰かに殺されたのだと、探偵事務所に相談する。調査を担当することになったのは、風采の上がらない風泉という若い探偵だった。 頭ボサボサに無精ひげ、着ているのもヨレヨレの薄汚れたコート、そしてちょっつ抜けているような行動をしていて周りからは笑われている……しかしその実、調査と推理に関しては優秀、というわたしたちが思い浮かべる名探偵のイメージそのままの主人公です。刑事コロンボや、金田一耕助といった往年の名キャラクターが思い浮かんできます。その名探偵 風泉(ふうせん)と犯人+共犯者の化かし合いによってストーリーが進んでいきます。特に途中から、倒叙ミステリ構成(読者には犯人がわかる)になりますので、犯人対名探偵の対決が見どころです。と、いいつつも、犯人はいつも右往左往し、共犯者も頭が良い(設定)のわりにお節介やきでヒント出しまくりで、犯人側の動きはコメディのようでした(笑)。名探偵のほうも、なかなか真相にたどり着かないので、犯人がわかっている読者としてはヤキモキしながら読みました。おもしろかったです。 この名探偵 風泉シリーズ、なんと26巻までKindle出版されています。全部長編で26巻。素直にスゴイなと思いました。作者の、この主人公(名探偵 風泉)への愛情が伝わってきました。

読書感想文 『悦楽の休日: 僕と、俺と、あたしと、わたしのこと』 柏木 海(著)

 出雲渚(男)は、高校の同級生だったという男に、あるパーティに参加しないかと誘われる。参加費は120万円。ただ初回は無料で参加できるという。渚は思い切ってそのパーティに参加した。そこで彼の出会った人々とは? たいへんおもしろい設定のSF小説でした。量子論における多世界解釈、いわゆるパラレルワールドを使った設定ですね。わたし、寡聞にして知らなかったのですが、あとがきによると、こういう設定の作品が過去に結構あるんだそうです。例えば、藤子・F・不二雄先生の「パラレル同窓会」という短編など。わたしもこういった量子論的世界観は大好物(拙作『思想物理学概論』)で、本作の世界観とは異なるのですが、世界は分岐せず現在時間に収束しているのではないかと個人的には考えています。この世界は自分が観測しているから存在している、という人間原理ですね。 SFとファンタジーの境界は、目の前の出来事を科学的に説明するか否かにあると思っていまして、そういう分類をすると本作はSF小説になるんだろうなと思います。ストーリーの基本線はパーティでの出会いとロマンスなのですが、そのパーティに至るまでの科学的説明のわくわく感がとても良かったです。本筋のロマンス部分は究極のナルシシズムで、読みながら自分に置き換えて考えてしまって、ちょっとキモいなと思ってしまいました(笑)。 表編は純愛、裏編は凌辱とということでしたが、全体に読みやすく、そこはかとない品を感じる筆致でしたので、全部通して普通に読めました。おもしろかったです。

読書感想文 『奇習の村』 深月 暁(著)

 地方の風習などを取材しているフリージャーナリストの矢崎のもとに、差出人不明の手紙が届いた。手紙には、ある村には秘密の風習がある、と書かれていた。矢崎は手紙の内容に興味を持ち、山奥の村に向かった。 世間から隔絶した村の風習、といえばホラーの定番シチュエーションですね。余所者を寄せ付けない、受け入れないという『村』のイメージが、近寄りがたい場所、近寄ってはいけない場所という連想になって、恐怖に繋がっていくのかなと思います。わたし自身も、子供のころ(たぶん小学校に上がる前)に、親に連れられて山奥の村を訪ねたという記憶があります。なぜそんなところに行ったのか全く記憶がないのですが、木々に囲まれた薄暗い中で、朽ちたような家に、湿った落ち葉が降り積もっていて、足元も濡れた落ち葉でいっぱいで、住んでいるおばあさんも生気がなく、全体に湿り気のある場所だったな、という印象だけが残っています。 さて本作も、そんなオーソドックスな設定で始まります。どんな風習があって、どんな怖さを書いているのかは、ネタバレになりますので控えておきます(笑)。ホラーですが、ライトノベル系の改行、行間の文章ですので、軽い感じで読めました。

読書感想文 『ロンドンのサムライ』 天堂晋助(著)

 19世紀末、ロンドンでひとりの日本人が賭け拳闘試合に出場した。相手は、痩せた日本人の二倍以上も体格差のあるモンスターのような男。痩せた日本人の勝ち目はないように見えた。しかし観客のジャックは、有り金全部をその日本人に賭けてしまったのだ。なぜかは自分でもわからなかった。 日本では幕末の頃のロンドンを舞台にしたアクション小説です。薩摩藩士で剣の達人でもある矢作貢は、いろいろな事情が重なってロンドンまで流れ着き、日本に帰ることもなく拳闘で生活費を稼いでいます。体格で劣る矢作が、その体術で並みいる相手を破るところは爽快でした。彼はステレオタイプのサムライですが、礼儀と清貧の思想を持っているところも好感度アップですね。 日本では昔から武術が発達し、幕末くらいから各地で柔術が盛んになって、それが今の講道館柔道に繋がっていくわけですが、その柔道創成期のつわものたちもまた世界に武者修行に出て、各地で現地の力自慢たちを倒して回った、という逸話が残っています。その代表例が、コンデコマ前田光世ですし、15年無敗の木村政彦ですね。彼らは、戦いに強いのはもちろんのこと、高い精神性も持っていました。まさに心技体が揃ったサムライだったわけです。そういった人々の活躍によって、世界で柔道が広まっていったのだと思います。本作から、そういう時代や人物の匂いを感じました。おもしろかったです。

読書感想文 『IQ刑事 part1』 海野李白(著)

 敏腕刑事の橘と若手刑事の松岡は、ある男と焼き肉屋で会っていた。その男の名前は三好大輔。彼は橘の幼馴染で、橘が事件に行き詰まると彼の意見を聞きに来るのだった。彼は、事件の概要を聞いて容疑者の顔写真を見るだけで、その容疑者が犯人かどうか判別ができるという特技を持っていた。 密室殺人や、詐欺事件などを解決していくミステリ短編集。三好大輔は事件現場に行くわけではなく、話を聞いて容疑者の顔写真を見るだけですので、いわゆる安楽椅子探偵モノのミステリですが、その特技というのがひとひねりしてあって新しさを出しています。初対面の人の第一印象って、みなさんもだいたい外さないですよね。そういう能力です(笑)。推理小説なんかで刑事がよく言う、刑事の勘、というのと同じです(笑)。刑事は、長年の経験から、その容疑者のふるまいや言葉、声音、仕草など総合的に判断して、怪しい怪しくないを導き出しているわけで、それが刑事の勘というもので表されているのだと思います。実際の捜査では、そういう勘によって容疑者を絞り込んでいくと思いますので、現場が重要なんですよね。まさに、事件は現場で起きている、です。そういう意味で安楽椅子探偵モノのミステリは、そんなことわかるわけないだろ、っていう非現実感が出てしまうのですが、この作品では三好大輔の『刑事の勘』的な能力がそれを補っていて、結果的に犯人にたどり着くまでの試行錯誤に繋がり、現実感を出していました。 語り口は軽妙で、事件も小難しいものではありませんので気楽に楽しめました。おもしろかったです。

読書感想文 『ノースアイデンティティ』 ヒロ・AK・イシイ(著)

 世界は未曽有のウイルスパンデミックで崩壊。人々は小さなコミュニティに分かれ、争いながらもなんとか生きていた。そんななか、アメリカ南部に住んでいたリュウジは、母の遺言に従い、アラスカの向こうにあるという『タカトワ』というところを目指し、電動バイクに乗って、ひとり旅に出る。 本作は、殺人ウイルスのパンデミックで人口が激減し、人々がエネルギーと食糧を巡って殺し合いをしているという弱肉強食の世界を舞台としています。一昔前なら全面核戦争がその役割を担っていた『マッドマックス』的あるいは『北斗の拳』的世紀末世界観ですね。そんななかを、主人公リュウジが、人々に助けられながら、逆に助けたり、手紙を届けたり、仲間を見つけたり、出会いがあったり、別れがあったり、などと旅をしていく、まさにロードノベルでした。ロードノベルって、旅の行く先々で起こるイベントをどれだけ作れるか、というところが勝負ですよね。わたしもロードノベル書いたことがありますが(『カミヅリ!!!』)、全体のストーリーに合わせてイベントネタを考えていくのは結構つらかった記憶があります。作家としての引き出しの量が求められるんですよね。そういう意味で、本作の作者は豊富な引出しを持っているんだろうなと思いました。著者情報をみると旅ライターもやられていたとのことで、そういうバックボーンが本作に活かされたんでしょう。うらやましいです。 旅が進むにつれ、ダータニアンとは何者なのか、なぜこんな世界になってしまったのか、などの謎が徐々に明らかになっていくところはSF的でもありミステリー的でもあるおもしろさでした。単純な勧善懲悪ではないところもグッドでした。おもしろかったです。

読書感想文 『強振ブルース』 新田 将貴(著)

 プロ注目の高校野球選手だった成元は、試合中の大けがで甲子園に行けず、野球を引退した。野球一筋だった彼は野球しか取り柄がなく、仕事も続かず、夜通しバッティングセンターで打ち込む日々。鬱屈した彼に店主が持ち掛けてきたのが、賭けバッティング『イチマンエン』だった。夜のバッティングセンターで、真剣勝負が始まる。 昔ならジャイアンツ王・長嶋、今なら大リーグで大活躍している大谷翔平選手をみて、高校球児は夢を膨らませます。オレもあんなふうになりたい、と。夢をみるのは自由ですが、現実はそう甘くはありません。そこまで到達できるのは、ほんの一握りの者だけ。まずプロ野球選手になるのが困難で、そもそも甲子園に出場するのが難しく、チームのレギュラー争いも熾烈です。大リーグやプロ野球で輝かしい活躍をする選ばれし者の裏には、おびただしい数の諦めし者たちが存在するのです。本作は、そんな諦めし者の、諦めないストーリーです。前向きな気持ちをもらいました。 本作を読んで、こういった選ばれし者と諦めし者たちの構図は、野球だけではなく、どんなスポーツにも、芸事にも、仕事にも、社会のあらゆることにも当てはまるんだよな、と改めて思いました。それはわたしが趣味としている文芸もそう。小説サイトで上位になるのも、公募で選考を通るのも、一握りの人たちだけです。そうやってデビューしても、そこから著名作家になっていけるのは、さらに一握り。○○賞なんかをとって文壇でキラキラしている選ばれし者の裏には、わたしのように諦めし者の屍がおびただしく山をつくっているわけです。まあキッパリ諦めるもよし、趣味の世界に逃避するのもよしですが、続けるなら、牙は研ぎ続けていくことが大事なんだろうなと思います。牙を牙としていつでも使えるように。実は昨年末に書いた短編『クリエイター・エレジー』(まだ未公開)は、そんなクリエイターの悲哀をダイレクトに書いたのですが、本作は別視点からクリエイターに刺さる作品でした。たいへんおもしろかったです。

読書感想文 『シンクロニシティの螺旋』 こっちのたつや(著)

 東京記憶研究所で働く三枝瑠璃は、彼女にしかない特殊能力を持っていた。彼女は、他人の記憶に潜航し、その記憶を修復することができたのだ。そんな彼女のもとに、世界的な科学者ラインハートから緊急の依頼が舞い込む。彼の記憶が盗まれた、という。 記憶と意識が織りなす精神世界を舞台にした、サイエンスファンタジーのほうのSF小説でした。現実世界では表しきれない空想や概念を読者に伝えられる、というのが映画や絵画にはない小説の優位性だと思います。本作でも、記憶と意識というあいまいな概念を物質化あるいは擬人化して表現、さらに精神世界という目に見えない世界を目に見える形(もちろん空想上ではありますが)で文章化しており、読者であるわたしも作者の豊かな想像力を共有することができました。 一方、読者に物語を読ませるための駆動力として悪役とのバトルが必要なのですが、本作ではそういう悪役は出てきません。主人公たちは、対立軸にある相手とも対話による解決を望み、相互理解によって課題を乗り越えていく、という方法を取ります。現実世界では理想的な進め方ではあるのですが、創作世界の刺激に慣れてしまった読者(わたし)には、中だるみのような印象になってしまったところが残念でした。 さて本作のテーマでもある意識とはいったい何なのでしょうか? どこからくるのでしょうか? わたしも以前は記憶から湧いてくるのではないか、と思っていました(拙著『エンタングルメント・マインド エピソード6』にそんなことを書いています)。ただ最近の生成AIの進歩をみていると、もしかしたら意識とは学習の結果ではないだろうか、と思うようになってきました。もしそうなら、意識には神秘性もくそもなく、ただの複雑な確率論によって説明できるということになります。もしかしたら、意識の謎が解き明かされるのも近いかもしれませんね。

読書感想文 『プロフェッサ―葛和の事件簿』 赤石紘二(著)

読書感想文 『警視庁鑑識員・竹山誠吉事件簿「凶器消失」』 桜坂詠恋(著)