三世留男

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読書感想文 『有限会社新潟防衛軍』 小林猫太(著)

 前新潟県知事の猪狩玄太郎は突然、新潟が狙われている、と言って私設『新潟防衛軍』を設立。そこに三人の若者が志願し入隊する。しかし三人にはそれぞれ思惑があった。果たして新潟を狙っているのは誰なのか、そもそも狙われているのか、猪狩は何を言っているのか。三人は防衛任務を果たしつつ、見えない敵を追う。 本作は、悪の組織や防衛軍という非現実的な状況から始まるので、いわゆる特撮(ギャグ)戦隊ものというジャンルなのかなあと思いつつ読んでいきましたが、まあそのイメージは最後までそのままなのですが、ストーリーとしてはずっと現実路線で、ある種の社会問題を扱った小説でした。隊長猪狩の妄想・妄言に三人の隊員が振り回されるコメディタッチが前面にありつつも、新潟に対する猪狩の熱い思いに感化された三人に、新潟を守るという意識が少しずつ芽生えてくる、という成長譚も裏面にあって、笑いと感動を手軽に楽しめる小説でもありました。 さて本作は、阿賀北ノベルジャム2022で制作された作品とのこと。阿賀北は新潟にある地域で、それで新潟がテーマの小説になっているんですね。ノベルジャムは、編集者・デザイナー・作者が短期間で協力して一冊の本を作り上げるイベントだそうです。本家のノベルジャムは二泊三日で一冊を完成までもっていくらしいですが、このときの阿賀北ノベルジャムではその期間が3か月だったようです。さすがにこの長編を三日で書くのは西尾維新でも無理ですよね。ただ3カ月とはいえ、ほぼ即興でこんなにおもしろい長編小説を書いていくのはスゴイ。少なくとも自分にはできない芸当です。わたしは、頭の中でキャラクターが動き始めるまでじっくりネタを熟成させないと筆が動いていかないタイプですので……。読み始めたときは、なんでこんなに冒頭からスベリ気味なボケ・ツッコミが連続するんだろう、と思ってましたが、ノベルジャム作品と知って、なるほどと納得しました。きっと作者は、最初の小さいネタをいかに長編に膨らませていこうかと悩みながら、とりあえず目の前の原稿を埋めなければいけない、という短期決戦ならではの創作の苦悩があったのでしょう。その苦しい序盤を潜り抜け、内容が固まってきた中盤以降は、筆も乗り始め、ボケとツッコミもスムーズになってきたように感じられました。まさに即興というライブ感を持った小説でした。おもしろかったです。

読書感想文 『クロノスはまだ墜ちていない: 玩具館の殺人』 紫月悠詩(著)

 浪人生の小山内と、彼の家庭教師である天祐が、玩具館と言われる屋敷で消えた美術品の行方と、大時計が落ちた謎を追う。そして魔の手は、玩具館の主人(社長)にも伸びる。ふたりは、この事件を解決できるのか。 本格ミステリでは、○○館殺人事件というカテゴリがありますよね。一風変わったお屋敷内で起こる事件、という定番シチュエーションです。本作もそのカテゴリに属する長編ミステリ小説です。登場人物もこれまた癖の強い人たちばかりという、これもミステリの文脈に沿った設定で、ミステリ好きにはうれしいポイントです。 東京大学理科一類を狙っている割にITが何の略かわからない、という小山内君。ストーリーは、少しお間抜けな彼の目線でつづられます。ワトソン的道化回しの役回りです。探偵役は天祐という美人家庭教師。もちろんクセ強。テンポの良いふたりのボケとツッコミも楽しいです。そんな彼らが、ある玩具メーカー主催のミステリイベントに参加して、そこで起こる怪事の謎を探るという筋書きです。イベントで仕掛けられた謎(消えた美術品の行方と犯人)と、イベント主催の社長を狙う怪事(時計が落ちるなど)が並行して発生し、それらの謎を科学的に、論理的に解きほぐしていくのが見どころになります。ただ、それぞれの事件と犯人の思惑が違うため、かなり入り組んだ構成になっていて、自分の頭では完全に理解できたかどうか怪しいです(笑)。しかもかなりの長編ですので、ついていくのが大変でした。個人的には、もう少し事件と謎を絞って、分量も三分の二くらいにしてくれたら、読みやすかったかなあと思いました。 さて、本作を読んで一番勉強になったのは、豊富な語彙でした。おそらく普通は使わないような言葉が大量に出てきます。例えば、一ページ目から早速「戛然《かつぜん》」「嚆矢」が出てきます。これくらいならぎりぎりわかりますが、「端座」とかわかりますか? 正座のことですよ。ページをめくるたびに、「瞰視《かんし》」「蜘網《ちもう》」「嬋娟《せんけん》」などなど、こういう難しい言葉が目に飛び込んできます。たまに出てくるくらいなら、作者はこの言葉を使いたかったんだろうな、と思うだけなのですが、こう頻繁にしかもこれでもかといろいろ出てくると、作品の雰囲気すら変わってくる効果があって、普通の現代的なミステリが、知的で懐古的で耽美的な一段上の作品に見えてきます。それが外面(カバー絵や紹介文など)からわからないところがまた「秘すれば花」的な良さになっています。みなさんにもぜひ、この独特な世界観を楽しんでもらいたいです。おもしろかったです。

読書感想文 『謎の彫刻』 松本英隆(著)

 高校時代の恩師が亡くなった。手紙で報せを受けた西村洋一は、急ぎ先生の実家を訪ねる。先生のアトリエには、多くの遺作がそのままになっていた。そのなかに、明らかに他とは違う未完成の石膏像があった。西村はその石膏像に惹かれ、モデルと制作過程を調べ始める。 彫刻家の制作過程の謎を探る創作系ミステリ小説です。中堅の彫刻家である沢井先生が急死し、教え子の大学院生西村がアトリエに残された先生の作品群の調査リストを作ることになるところから物語はスタートします。確かに作家の遺作ってどうするんだろうと疑問に思いましたが、画廊や美術館に引き取ってもらうのにリストを作ったり、選定委員会があったりするんですね。美術の世界の舞台裏を覗いた感じがあっておもしろいです。そのリストを作る中で、沢井先生のこれまでの人生が明らかになっていきます。こういうプライベートを調べるというのは、人間の恥部に触れる可能性があるのでセンシティブになりますよね。主人公も、遺族の了承済みとはいえ、先生の過去を興味本位で掘り返してはいけないという葛藤がきちんと書かれていて、好感度アップ&読者への引きになっています。人間、隠されているものは見たい、というのが本能ですので(笑)、読者としては隠された沢井先生の人生に大変興味をそそられました。たいへんおもしろかったです。 一方で、現実の自分に置き換えてみると、もちろん自分は作家とはいえアマチュアなので、死後に何か調査されることはないのですが、たとえ家族でもあれこれ詮索されるのはイヤだなあと思ってしまいました。誰に見られてもいいようにしっかり整理、見られては困るものはしっかり削除(笑)しておこうと改めて思いました。特にサーバーやPCの中身(笑)。『デスノート』のワタリのように、スイッチひとつで記録消去できるようにしておきたい。 さて創作論的な感想も。美術に限らず、創作ではその制作過程が重要視されるんですよね。できあがった作品の一筆一筆、一刀一刀、言葉ひとつひとつにその制作過程が刻み込まれて、それがひとびとの感動や共感を喚起するということなんでしょう。そのあたりのことはもっとダイレクトに自分の新作短編『クリエイター・エレジー』に書きましたので、ぜひ(宣伝)。

読書感想文 『この世界は、誰かの“欠如”でできている: ──哲学と記憶が交錯する、感情喪失系ミステリードラマ』 君りん(著)

読書感想文 『白い人魚(T大法医学教室シリーズ)』 桜坂詠恋(著)

 警視庁で土下座して再調査を懇願する男性がいた。しかし捜査一課長はけんもほろろ。気の毒に思った高瀬警部補は、その男性の話を聞くこととした。男性は、娘が自殺として処理されたことが納得できないという。捜査資料を見直していくと、かすかに引っ掛かる点が出てきた。高瀬は密かに再捜査を始める。 難事件の捜査をストーリーの軸とする警察小説です。主人公高瀬、相棒の柴田、鑑識竹山、監察医の月見里、それぞれのキャラクターが濃くて、役割もはっきりしているので、読んでいて容易にその情景が浮かんでスッと物語に入り込めました。登場人物が多いと、名前だけでは誰が誰だったか忘れてしまって、前に戻って確認する、という読み方になって没入感がそがれるということがあるのですが、本作はそういうことはなかったので、キャラづくりは大事なんだなと改めて感じました。 法医学と銘打っていますので、遺体から死亡時の状況を読み解いていくところが見どころになっています。専門的な内容が豊富で、こういう知識はどこで手に入れるんだろうか、と感心しきりでした。 他方、キャラクター同士のストーリーには関係ない掛け合いや、じゃれ合いも多く差し込まれ、法医学の小難しい印象を薄めています。個人的には、法医学濃いめのほうが好みではありますが、ライトな小説を嗜好する向きにはぴったりではないでしょうか。おもしろかったです。

読書感想文 『ブルーライト横濱ハイツ』 島吹 丈(著)

 大学生のころ、先輩に誘われて一年だけ、寮のようなアパートで暮らしたことがあった。アパートの名前は、ブルーライト横濱ハイツ。そこは、汚くて、変な人が多くて、プライバシーもなく、そして若者の夢が充満していたアパートだった。 主人公の鬼塚は定年間際のおじさんで、仕事中にふと、大学時代のことを思い出し、その記憶をたどっていくというストーリーの青春小説です。このハイツに住むのは、役者志望の小デブ、小説家を目指す薄毛、漫画家のヒョロガリ、映画監督になりたいジョン・レノン(似)、そして主人公は画家志望と、一癖も二癖もある若者たちです。彼らとの共同生活が主人公のその後の人生に影響を与えていくのですが、それをきれいさっぱり忘れている、というのが冒頭の入り。その状況こそ、中年の我々の現状を鋭く切り取っていると感じました。わたしは定年までまだ時間がありますが、すっかり忘れていた若いころを、最近なぜだか思い出すことが多くなってきました。この作品を読んで、そうそう同じ同じ、みんな同じなんだと共感しました。 若いって、無敵ですよね。体力も思考も。そして濃密。大げさでなく、若いときの一日は、中年になってからの一週間にも匹敵していたと思います。それに無駄がない。勉強はもちろん、遊びに興じていた日も、ただバイトしていただけの日でも、何もせず昼寝をしていただけの日ですらも、今となっては意味があった気がします。本作で、そんな昔の若さと今の老いを同時に感じることができました。 さて本作でのもうひとつのポイントは、創作への向き合い方です。登場人物はみな、自己表現で身を立てようと頑張っています。それでも成功できるのは、ほんの一握りのひとだけ。それは作中でも言及があり、黄泉の国を見てきたようなヤツが成功できる、とのこと。実際そうなんだろうなあと思います。あとは運。一方、なまじ中途半端にできる人は、自分は成功できると勘違いして人生を棒に振る、わけですが、逆にそれも良い人生なのかもしれない、とも思います。夢を見ているときが一番楽しいと言いますからね。他方、ほとんどの人は夢破れて普通の生活に甘んじるのですが、結果として、その普通の生活によって人生は満たされるわけなので、最終的にどの人生も成功なんでしょう。本作を読んで、また小説に向き合い始めた10年前のわたしの意気込みを思い出しました。おもしろかったです。

読書感想文 『扉 比嘉警部シリーズ 』 川内 祐(著)

 宅配ピザのアルバイトの薮田は、あるマンションに住む女性宅にピザを届けた。次の日、その女性が変死体で発見された。事件を担当する比嘉警部は、玄関に手付かずで置かれたままのピザに違和感を持つ。 事故死、と見過ごされそうだった変死事件を、そこに置かれたピザの違和感、という警部の勘というもので掬い上げ、事件の真相を丹念に捜査していく警察小説の短編です。実際の事件調査をイメージできるような筆致で、短編ということもあって、最後まで一息で読んでしまいました。派手さはありませんが堅実で実直な内容でした。おもしろかったです。 どれだけ尖っているか、どれだけ奇抜か、どれだけ外しているか、などなどこれまでにないという派手さがある人、物が目立つのが、この現代社会の常です。一方、そういう強いウリがない人、物は注目されにくいですよね。創作界も同じ状況にあって、地味な作品は派手な作品の陰に隠れて埋もれがちになります。わたしの書く小説も地味目なので(笑)、いつかもっと派手な小説を書いてやろう、と思ってがんばるのですが、作風は個性みたいなものなので、そうそう変われるわけでもありません。それに、この社会も派手さだけでは回っていなくて、地味な縁の下の力持ちがあってこそ支えられている、ということを忘れてはいけないとも思うのです。これは創作も同じではないかと。光の当たらないようなところにも雑草は生えるのです。そんな雑草でも、小さな花を咲かせることもあるでしょうし、花が咲かなくてもその根は土を耕し、枯れた葉は虫の餌にもなるわけです。こういう真面目な作品を読んで、そんな若干自虐的なことを考えてしまいました(笑)

読書感想文 『101点の犯罪: 名探偵 風泉俊馬シリーズ』 小川修身(著)

 ソフトウェアエンジニアの荒川が、旅行先で崖から転落死した。警察は、酒に酔って転落した事故死として処理をしたが、荒川の母親はそれを信じず、息子は誰かに殺されたのだと、探偵事務所に相談する。調査を担当することになったのは、風采の上がらない風泉という若い探偵だった。 頭ボサボサに無精ひげ、着ているのもヨレヨレの薄汚れたコート、そしてちょっつ抜けているような行動をしていて周りからは笑われている……しかしその実、調査と推理に関しては優秀、というわたしたちが思い浮かべる名探偵のイメージそのままの主人公です。刑事コロンボや、金田一耕助といった往年の名キャラクターが思い浮かんできます。その名探偵 風泉(ふうせん)と犯人+共犯者の化かし合いによってストーリーが進んでいきます。特に途中から、倒叙ミステリ構成(読者には犯人がわかる)になりますので、犯人対名探偵の対決が見どころです。と、いいつつも、犯人はいつも右往左往し、共犯者も頭が良い(設定)のわりにお節介やきでヒント出しまくりで、犯人側の動きはコメディのようでした(笑)。名探偵のほうも、なかなか真相にたどり着かないので、犯人がわかっている読者としてはヤキモキしながら読みました。おもしろかったです。 この名探偵 風泉シリーズ、なんと26巻までKindle出版されています。全部長編で26巻。素直にスゴイなと思いました。作者の、この主人公(名探偵 風泉)への愛情が伝わってきました。

読書感想文 『悦楽の休日: 僕と、俺と、あたしと、わたしのこと』 柏木 海(著)

 出雲渚(男)は、高校の同級生だったという男に、あるパーティに参加しないかと誘われる。参加費は120万円。ただ初回は無料で参加できるという。渚は思い切ってそのパーティに参加した。そこで彼の出会った人々とは? たいへんおもしろい設定のSF小説でした。量子論における多世界解釈、いわゆるパラレルワールドを使った設定ですね。わたし、寡聞にして知らなかったのですが、あとがきによると、こういう設定の作品が過去に結構あるんだそうです。例えば、藤子・F・不二雄先生の「パラレル同窓会」という短編など。わたしもこういった量子論的世界観は大好物(拙作『思想物理学概論』)で、本作の世界観とは異なるのですが、世界は分岐せず現在時間に収束しているのではないかと個人的には考えています。この世界は自分が観測しているから存在している、という人間原理ですね。 SFとファンタジーの境界は、目の前の出来事を科学的に説明するか否かにあると思っていまして、そういう分類をすると本作はSF小説になるんだろうなと思います。ストーリーの基本線はパーティでの出会いとロマンスなのですが、そのパーティに至るまでの科学的説明のわくわく感がとても良かったです。本筋のロマンス部分は究極のナルシシズムで、読みながら自分に置き換えて考えてしまって、ちょっとキモいなと思ってしまいました(笑)。 表編は純愛、裏編は凌辱とということでしたが、全体に読みやすく、そこはかとない品を感じる筆致でしたので、全部通して普通に読めました。おもしろかったです。

読書感想文 『奇習の村』 深月 暁(著)

 地方の風習などを取材しているフリージャーナリストの矢崎のもとに、差出人不明の手紙が届いた。手紙には、ある村には秘密の風習がある、と書かれていた。矢崎は手紙の内容に興味を持ち、山奥の村に向かった。 世間から隔絶した村の風習、といえばホラーの定番シチュエーションですね。余所者を寄せ付けない、受け入れないという『村』のイメージが、近寄りがたい場所、近寄ってはいけない場所という連想になって、恐怖に繋がっていくのかなと思います。わたし自身も、子供のころ(たぶん小学校に上がる前)に、親に連れられて山奥の村を訪ねたという記憶があります。なぜそんなところに行ったのか全く記憶がないのですが、木々に囲まれた薄暗い中で、朽ちたような家に、湿った落ち葉が降り積もっていて、足元も濡れた落ち葉でいっぱいで、住んでいるおばあさんも生気がなく、全体に湿り気のある場所だったな、という印象だけが残っています。 さて本作も、そんなオーソドックスな設定で始まります。どんな風習があって、どんな怖さを書いているのかは、ネタバレになりますので控えておきます(笑)。ホラーですが、ライトノベル系の改行、行間の文章ですので、軽い感じで読めました。