三世留男

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読書感想文 『足音にロック』 奥田徹(著)

 人材派遣会社に勤める福岡には死の足音が聞こえていた。今夜もまた足音が聞こえてくる。彼は仕事に疲れ切っていたのだ。そんなとき、落とした財布を拾った女性と知り合い、彼の運命が回り始める。 序盤は、主人公の福岡が激務によって心身を疲弊しついに過労死を意識するまでになる様子が克明に描かれます。「俺たちはいつ辞めても良いんだ」という先輩の言葉を拠り所にしながら必死に目の前の業務をこなしていく彼の心情は読んでいて痛々しいとともに、過去の自分自身を重ねるところもありました。 彼は仕事を辞めるに辞められず、その日暮らしのような生活をズルズルと続けています。つらいけど自分が抜けたらみんなに迷惑を掛ける、そういう思いは彼自身を徐々に追い詰めていきます。その彼の周りにも同じような境遇の人たちがいて、その人たちとの交流で互いに救い救われ、彼らは新たな一歩を踏み出していく……というのが大筋のストーリーなのですが、実はそんな単純なお話ではありません。無くした財布を拾ってくれた魅惑的な女性との出会いに始まり、謎のクラブでの超VIP待遇、連続放火事件、拉致監禁と、彼は激務に並行して非日常の出来事に巻き込まれていくのです。これらの出来事が終盤に向けて死の足音に結び付き、ある人物に収束していきます。ですが、死の足音自体が疲れによる幻聴のように表現されていることから、巻き込まれる出来事も幻覚かもしれないと読者に思わせます。読んでいて雲を掴むような不思議な感じで、この現実世界でもはっきりわかることが実際どれだけあるのだろうかとも思わせてくれました。 最後まで謎が残るので若干もやもやしますが、前向きな終わり方で読後感は良かったです。たいへんおもしろかったです。

読書感想文 『目眩する世界と笑うウエイトレス』 浅黄幻影(著)

 小さなレストランで働く気丈なウェイトレスに気弱な青年が恋をする。恋愛短編。 男って制服女性に弱いよね、ということを最初に思いました。ウェイトレスのセルヴィアは、学生時代にドロップアウトした不良少女ですが、働いているときにはその気質を表に出しません。キリッと働いているセルヴィアに一目ぼれするのが青年ヴィンデルで、マジメな彼は甲斐甲斐しくも店に通いつめます。しかしその相手セルヴィアの中身は見た目と裏腹のアウトサイダーだったわけで、二人は普通のカップルとは違う関係になっていきます。このストーリーに挿入する形で、彼らがどうして付き合うようになったのか、セルヴィアがドロップアウトに至る過程、ヴィンデルがなぜ気弱なのか、などの解説が懇切丁寧になされます。講談師が解説をしながらお話を語るような、わたしはあまり読んだことのないタイプの小説でした。 冒頭の「シメオンの目眩」とセルヴィアとヴィンテルに襲い掛かる目眩の本質は同じ、ということなんですが、いっそのこと二人に塔に登ってもらったら対比がわかりやすかったかもしれません。 わたしはこの本を異端の女性と純朴な青年に向けた恋愛指南書と読みました。おもしろかったです。

読書感想文 『パンドラの不条理劇~遺産相続殺人事件~ 弁護士穂積晃シリーズ』 乙野二郎(著)

読書感想文 『ハインの足枷』 吉田ばに(著)

読書感想文 『駆け出しミステリー作家と二毛猫リャンの小さな冒険』 和泉 綾透(著)

 駆け出しミステリー作家の都並大祐は、なぜか探偵に間違われることが多くなっていた。今回の依頼は、二毛猫リャンの捜索。最初は断った大祐だが、元読モで超美人の月丘夕のアドバイスでその依頼を受けることに。シリーズ第6弾! これまでキレの良い一人語りが楽しくて読んできましたが、序盤はなんというか良く言えないのですがシリーズ第6弾まで来てその勢いが少し失速したかなと思いました。ただ中盤からは調子が戻ってきて、終盤まで一気に読めました。 今回は新たなキャラクター星名真琴が登場します。ほんわか雰囲気に隠された芯の強さが魅力の女子大生です。彼女と猫探しをベースに人間関係のもつれを想像して殺人事件まで持っていきます。彼女とのやり取りを通し、都並は彼女のコーチング力が月丘の代わりになると見込み「チーム都並」に誘います。今後のシリーズが楽しみです。 さてこの本の最大の見どころ(読みどころ)は、アニメ『イヴの時間』の考察でしょう。『イヴの時間』にケストラーのゴーストを重ね合わせ、さらにヒューマノイドと二毛猫リャンとの相似を見出します。わたしは『イヴの時間』を知らなかったのでこれは見てみようと思いました。 今回ははっきりした結末ですので後味すっきりでした。いつも通りたいへんおもしろかったです。

読書感想文 『[短編集]武装労基隊、他』 梶舟景司(著)

 労働者に長時間労働を強いる企業を取り締まる労働基準監督署には、臨検時に突入する特殊部隊があった! 彼らは、抵抗する企業側と銃撃戦まで行い現場を制圧する。そうまでしなければならない社会的な要請があったのだ。 労基局がブラック企業と戦う、というのはよくある社会派小説ですが、本作では企業の抵抗が激しいというひとひねりが加わり、労基局に突入班という特殊部隊が設置されたというおもしろい設定になっています。ブラック企業が社員を監禁して働かせるその手法にも言及があるのですが、実際に長時間労働をしているわたし(笑)の意見は逆でモチベーションが高くないととても長時間働けないなと。でもそうではない状況で働いてる人も多くいるんでしょうね。労働人口が減ってくる将来、生産性(効率)の向上が限界にくると労働時間を伸ばすしかないのは明らかなわけです。作者は監禁型労働のような極端な設定によって現実の長時間労働問題を浮かび上がらせようと試みたのではないかと思います。このお話でも結論は出ないのですが、一人ひとりが考えることがまずは重要なんでしょうね。 あと短編が2編収録されています。そのうち感情をチャージするお話が設定が奇抜でおもしろかったです。

読書感想文 『瀬戸物は残った』 岩尾俊兵(著)

 かつて佐賀藩には白磁に染付が躍る高級焼き物「色鍋島」を作る名門窯元が13窯あった。そのうちの一つ、堤家の当主は惣右衛門という人物である。彼には毀誉褒貶《きよほうへん》な人物評が残っている。無理もない、惣右衛門は三人いたのである。 というミステリ設定で始まる1700年代後半が舞台の時代小説です。焼き物は『なんでも鑑定団』で勉強したくらいで詳しくないため、少し調べてみました。確かに堤惣右衛門は実在した人物のようです。さらに焼き物界では有名な加藤民吉や、他にも実在した人物が多く登場します。この本は、彼らの史実を織り混ぜながら断定口調の説明文主体で進むノンフィクション風の時代物語で、どこまでがノンフィクションでどこからがフィクションなのかわからない巧みな構成となっています。社会科学小説と銘打っているだけあって世の道理(徳など)に沿った行動が世界を動かしていく、という筋のストーリーで安心して読めました。ほんのり修身の味わいもありました。 かつて焼き物界が秘密を守るために厳しく情報管理をしていたことが、この物語の主軸だと読みました。これは今日の企業の機密管理も同じことで、いつの時代も先んじるというのは大変なんだなと思いました。 短編で一気に読みました。おもしろかったです。

読書感想文 『公認心理師前史物語』 平山崇(著)

 精神病院である平和病院に突如採用された臨床心理士の古城語楼《こじょうごろう》。同じ心理士である渡條成美は、自らの信念を貫こうとする古城に惹かれ始める。 全く不勉強だったのですが、この本を読んで心理士の国家資格(公認心理師)ができたのは2017年のつい最近だったことを知りました。作者は心理士として働いていたということで、2017年以前の現場の様子を心情も含めて本当に生き生きと描写しています。 心理士は、医師のように切った貼ったもできないですし、薬も出せません。作中で成美は、心理士は「言葉の力」を使って患者さんと向き合って来たと言います。日本には古来より言霊《ことだま》という考えがあり(作中にも指摘あり)、古城はその言葉を駆使して患者の治療(俳句や詩)に当たります。この治療場面は、きっと作者の実体験に基づいたものなのでしょう。迫真の描写に引き込まれました。読みながら、わたしの書く言葉には果たしてそんな力があるんだろうか?と自問自答しましたし、人を変える力のある言葉を綴りたいと、そう思いました。 ストーリーは、心理士の臨床現場での人間ドラマに加え、古城が何者かというミステリー要素を絡め、最後に乾坤一擲の逆転劇を見せるという短編とは思えない濃いものでした。文章は「ガムテープを剥がすように部屋を出た」など少し変わった比喩を用いるのが特徴ですが、着実な筆致で読みやすかったです。 たいへんおもしろかったです。古城を主人公にシリーズ化できるんじゃないでしょうか。期待したいです。